婚約破棄のその後は
文化祭、もとい婚約破棄裁判が終わり、翌日から夏休みが始まった。
正直、学園に行かなくてもいいことにほっとした。
好奇な目に晒されるのには、これ以上耐えられそうもなかったから。
夏休みも半ばを過ぎた頃、ケイトがクロフォード家に遊びに来た。
友達が家に来るなんて初めてのことだから、大喜びのマリーが張り切りすぎて、次々にお菓子が運ばれて来るのには困った。
「大丈夫よ、アイリス。新学期が始まる頃には、みんなすっかり忘れているわ」
「そうだといいんだけど……」
ドミニクとセーラは、正式に婚約することになった。
あれ程の大騒動になったのだ。しかも、裁判を通じて、ドミニクの評判は地に落ちてしまった。セーラを逃せば、今後まともな婚約者が現れることはないだろう。
カスティル公爵が、借金はカスティル家が何とかするからと土下座をして、アングラード侯爵に了承してもらったそうだ。
ちなみに、カスティル公爵家の借金は、月々少しずつ、分割で返済して貰うことになったらしい。
借金の返済が終わるまではカスティル公爵家の名前を利用できると、父がニヤリと笑っていた。
ドミニクがセーラのことを好いていて、二人が思い合っているというのは私の勘違いだったようだ。
裁判でドミニクが言ったように、セーラがドミニクに付き纏い、アングラード侯爵夫妻は公爵家と姻戚になるチャンスを諦めきれず、人見知りで友達のいないセーラの面倒を見てくれるようドミニクに頼み込んでいたらしい。
そしてカスティル公爵も、アングラード侯爵家をどうにかできる機会を失うのが惜しくなり、セーラを無下にしないようドミニクに言い含めていたようだ。
(結果的に、アングラード侯爵夫妻の念願は叶ったと言えるわよね)
何故こんなに詳しく知っているのかというと、自分が立てた作戦が思いの外上手くいったことに気を良くしたルクスが、方々で聞きまわり、それをいちいち教えてくれるからだ。
夏休みの間、ジェレミーに会えなかった。
ルクスが遊びに来るよう誘ったけれど、大事な用事があるからと断られたらしい。夏休みの間ずっと忙しいそうだ。
ケイトが遊びに来た以外は、勉学して本を読み、ルクスと一緒に運動したり、森へ行ったりして過ごした。
(ジェレミー、今何してるかな?)
時々、そんなことを考えた。
(早く、夏休みが終わればいいのに)
夏休みが明け、教室のドアを開けると、真っ先にジェレミーの姿を探した。
けれど、ジェレミーは、授業が始まっても、お昼休みになっても姿を現さなかった。
放課後、先生に尋ねると、
「ジェレミー・シュナイダーは留学しました」
と言われた。
ショックを受けた私達の顔を見た先生は、
「急なことで、さよならを言えなかったのね」
と付け加えた。
(さよなら……?)
ジェレミーがいなくても、学園生活は平穏に過ぎていった。より一層勉学に励み、中間試験では良い成績を収めることができた。
お昼休みは、エミリーとレイチェルとイザベルが加わって賑やかになった。男の子が一人になったルクスは、ちょっとだけ肩身が狭そうだ。
時々、シュナイダー家のコックさんが作る、特大弁当が恋しくなった。
ふと、学園内の至るところで、ジェレミーの姿を探している自分に気付く。
焦げ茶色の髪を見ると、顔を確かめずにはいられない。
いないと分かっているのに。
飴色、レモンイエロー、オレンジ色、亜麻色、ライラック色。
目を閉じると、くるくる変わるジェレミーの瞳の色が浮かんできた。
けれど、3年経っても、ジェレミーは帰って来なかった。
私とルクスは15歳になった。
私は、もうすぐデビュタントを迎える。
「デビュタントなのに、エスコートしてくれる男もいないなんてね」
「お互い様でしょ! よろしくね、お兄様」
婚約者のいない私は、同じく婚約者のいないルクスにエスコートして貰うことになっている。
デビュタントの1週間前、一通の手紙が届いた。
差出人は、J・シュツルナード。
デビュタントのエスコートをさせて欲しいという内容だった。けれど、シュツルナードなんて家門は知らないし、貴族名鑑にも載っていない。
(趣味の悪い悪戯ね)
そう思って、ごみ箱に捨てた。
そうして、デビュタントの当日になった。




