婚約破棄大作戦②
学園祭1日目。
普段は使われていない談話室の前に、私は立っている。
午後1時。計画通りなら、ドミニクとセーラはこの中にいるはずだ。
(行くわよ!)
勢いよくドアを開ける。
「!!!!?」
談話室の中で、ドミニクとセーラが抱き合っていた。
正確には、セーラがドミニクに抱きついている。
(密室に二人でいてくれるだけで良かったのに、まさかここまでしてくれるなんて……。このチャンス、絶対に逃さないわよ!)
大きく息を吸って、大声を上げた。
「きゃーーーーー!」
私の叫び声を聞きつけて、近くにいた二人の女生徒が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「何があったの?」
「あれを………!」
私は、談話室の中でまだ抱き合っている二人を指差した。
「えっ!?」
「ドミニク様とセーラ様?」
抱き合っている(正確には抱きつかれている)二人を見て、女生徒達が困惑した声を出す。
今日は文化祭の一日目。授業がないため大勢の生徒が廊下を行き来していた。
騒ぎを聞きつけて、周りにいた生徒がどんどん集まってくる。
慌てたドミニクがセーラを突き放そうとするけれど、セーラはドミニクに抱きついたまま離れようとしない。
ドアの前では、集まってきた生徒達が我も我もと押し合って中を覗こうとしている。まるで、動物園のライオンかサーカスの見世物みたいだ。
(今だわ!)
婚約者は目の前で不貞をしている。
目撃者がこんなに沢山いる。
こんなチャンス、二度と訪れない。
談話室に入り二人の前まで歩いて行くと、野次馬にも聞こえるように声を張り上げた。
「婚約破棄してください!」
「断る!」
(はぁ!?)
「私はあなたの不貞を、たった今、この目で目撃しました」
「不貞ではない、これは事故だ」
「こんなに目撃者がいます」
「だから、これは事故だ」
その時、
「何事だ!」
涼やかな声が談話室の中に響いた。
声の主はアレクサンドル王子。
派手な女の子を大勢従えたアレクサンドル王子が、談話室の入り口に立っていた。
「アレクサンドル王子殿下!」
近くに待機して様子を伺っていたルクスが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「お騒がせをして申し訳ございません。クロフォード伯爵家長男のルクス・クロフォードと申します。隣にいるのは、双子の妹アイリス・クロフォードです」
私とルクスは、アレクサンドル王子に対して正式な挨拶をした。
「学園内でそのような堅苦しい挨拶はいらない。それで、何があったのだ」
アレクサンドル王子が、王族にだけ受け継がれる赤い瞳で私とルクスを見る。ルクスが答えた。
「たった今、我が妹アイリスが、婚約者の不貞を目撃しました。そこで妹は、婚約者であるドミニク・カスティル公爵令息に婚約破棄を申し出たのです」
「ほう!」
「いいえ、王子殿下。私は不貞などしておりません」
ドミニクが、ルクスの言葉をきっぱりと否定する。
「目撃者が大勢いますわ」
「そんなもの、何の証拠にもならない」
王子殿下の登場で事が大きくなっているのに、全く動じていないドミニクに腹が立ってくる。
「あなたは自分のした事に責任を取らないのですか!?」
「僕は不貞などしていない!」
すると、何かを閃いたように笑みを浮かべた王子殿下が、気を取り直したように真面目な顔をしてこう言った。
「お前たちの話は理解した。それならば、私が第二王子の名にかけて、どちらの主張が正しいか審議する場を設けよう。明日の夕方、場所はダンスホール。…………婚約破棄裁判だ!」
(婚約破棄……裁判!?)
学園祭最終日。
本来なら、学園祭の目玉であるダンスパーティーが行われているはずのダンスホールの真ん中に、私とドミニクは並んで立っている。
飾り立てられたダンスホールは、噂を聞きつけた生徒で溢れ返っていた。
来賓席には、私の父クロフォード伯爵、カスティル公爵夫妻、セーラの父アングラード侯爵が並んで座っている。
(あらら。役者が揃っちゃってるわね)
ダンスパーティーを見に来た筈が、自分の子供がダンスホールの中央に立たされているものだから、父もカスティル公爵夫妻も戸惑いを隠せないでいる。
セーラの父アングラード侯爵だけが、セーラから詳細を聞いているのか、ニヤけた顔を隠そうともしていない。
娘の愛しい婚約者を取り返せるかもしれないのだから、当然の態度だろう。
「静粛に!」
アレクサンドル王子の涼やかな声が、ダンスホールにこだました。
「この国の貴族の子供は、親の決めた相手と婚約し、その相手がどんな人格であろうと結婚しなければならない。僕はこの国の王子として、この慣習に一石を投じたいと思う。賛同するものは拍手を」
ダンスホールに集まった生徒達は、まだ状況を把握できていないのか、疎らな拍手を送るだけだった。
アレクサンドル王子は構わず続けた。
「本日この場を借りて、学園主導の元、婚約破棄裁判を執り行いたいと思う。当事者はドミニク・カスティル公爵令息とアイリス・クロフォード伯爵令嬢だ」
さも尤もらしく話すアレクサンドル王子殿下。だけど私は、昨日ルクスからこんなことを聞いていた。
「王子殿下のやつ、ダンスパーティーのパートナーを一人に絞りきれなくて、女の子達が揉め始めたものだから、ダンスパーティー自体を失くそうとして婚約破棄裁判を言い出したんだ。職権乱用……もとい身分乱用だよな」
(とんだ茶番じゃない。ああ、頭が痛くなってきた……)
その時、
「宜しいでしょうか?」
後方の父兄専用の席から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「私はそこにいるアイリス・クロフォードの姉、セリーヌ・クロフォードと申します。この度コルタナス大学の法学部を飛び級で卒業し、弁護士資格を取得しました。平等に尋問することを帝国の太陽に誓いますので、この裁判の尋問を任せては頂けないでしょうか?」
「セリーヌ姉様!?」
そこに、法服に身を包んだセリーヌの姿があった。
「良いだろう。それではこの裁判は、私、王子アレクサンドルの名の下、セリーヌ・クロフォードの尋問によって行われるものとする。ここに、婚約破棄裁判の開廷を宣言する!」
婚約破棄裁判が始まった。
    
 




