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ダンスパーティーのパートナー


 それからというもの、何度かセーラ・アングラードへの接触を試みたが、セーラは常にドミニクと一緒にいるので声をかけることが出来ない。

 行き帰りの馬車まで一緒なのだから笑ってしまう。


 そうこうしているうちに、1ヶ月という月日が過ぎてしまった。学園内は、もうすぐ始まる学園祭のために活気づいている。


 学園祭は2日間。目玉は、最終日の夕方から始まるダンスパーティーだ。

 王家などが主催する正式な舞踏会では、婚約者がいれば婚約者と同行し、ファーストダンスを踊らなければならないが、学園のダンスパーティーでは好きな相手をパートナーに誘うことができる。

 ただし誘うのは男性からで、一輪の黄色い薔薇を差し出し、受け取ってくれればOK、受け取ってもらえなければ断られたということになる。


 学園祭が近づくにつれ、生徒達が浮かれたようになっているのはこのダンスパーティーがあるから。

 婚約者と参加すれば皆に見せつけることができるし、婚約者がいない者、婚約者以外に意中の相手がいる者は思いを伝えるチャンスになる。


 ドミニクは、セーラをパートナーに誘うだろう。

 そう思っていたのに、その月の茶会でドミニクから黄色い薔薇を渡された。


(何の冗談よ)


 相変わらず無表情なドミニクは、薔薇を差し出した時ですら眉一つ動かさない。何を考えているのかさっぱりだ。

 

(婚約者である私が学園に入学したのに、ダンスパーティーに誘わないのは婚約者としての義務を果たしていないことになると思っているのね。それなら……。私がこの薔薇を受け取らなければ、こっちが婚約者の義務を果たしていないことになるんじゃない? それじゃあ、私の方が有責になるじゃない!)


 婚約破棄のことばかり考えていたせいで、思考がそっちに引っ張られて、そんな結論に至ってしまったのだ。


(これは……。受け取らなければ大変なことになるわ)


 ドミニクの手から黄色い薔薇を受け取る。

 ドミニクは、「当日午後に迎えに行く。支度をしておくように」と告げて帰っていった。


 

 週明けのお昼休み。

 今日はケイトと二人きりだ。

 ルクスとジェレミーは、女の子達に囲まれて動けなくなっている。みんな、二人から黄色い薔薇が欲しいのだ。


 私とケイトがお弁当を食べ終わる頃、ルクスとジェレミーがやって来る。


「まいったな。モテる男は大変だよ」


 なんてルクスは笑っているけれど、ジェレミーは不機嫌な様子を隠さない。女の子達に囲まれるのが余程嫌だったようだ。

 お弁当を食べ始めるルクスに聞いてみる。


「ルクス、黄色い薔薇は渡したの?」

「今年は誰にも渡さないよ。女の子達が喧嘩しても困るしね。ダンスパーティは見学かな」

 

 それから、ジェレミーのお弁当のおかずをつまむと、


「ジェレミーは? 薔薇どうした?」


 と尋ねた。


「俺は……、まだ渡してない」

「まだね」


 ケイトが、意味深な言い方する。


「アイリスは?」


 突然こちらに向き直ったジェレミーが、私に聞いた。


「黄色い薔薇、貰った?」

「私は……」


 不本意だったとはいえ、私はドミニクからの黄色い薔薇を受け取っている。


「私は、婚約者がいるから……」

「……そうか」


 そう言って、ジェレミーが自分の影に視線を落とす。

 その様子を見ていたルクスが、空を仰ぎなら大きな溜め息をついた。

 

 ルクスとジェレミーがお弁当を食べ終え、教室へ戻る支度をする。

 私達が背を向けている時、ジェレミーが花壇に向けて何かを投げ込んだような気がした。


「……? みんな、先に戻ってて」


 三人を見送って、花壇を覗き込む。

 そこには、ぐしゃぐしゃに握りつぶされた黄色い薔薇が落ちていた。


(……ジェレミー?)


 ジェレミーは、誰に黄色い薔薇をあげたかったのだろうか。

 潰れた黄色い薔薇をハンカチに包み、そっとポケットにしまった。



 セーラ・アングラードを捕まえられたのは、学園祭の前日のことだ。

 一人で職員室に入っていくドミニクを見かけた私は、急いでセーラの姿を探した。

  

「セーラさまぁ! お会いしたかったですわ!」


 セーラの腕に自分の腕を絡めて、ぐいぐい引っ張っていく。

 セーラは「なっ! なにを!?」なんて言っているけど、私の方が力が強かったようで、抵抗虚しくズルズル引きずられている。


 向かったのは、私達にはお馴染みの機械室の裏。この時間、ここに誰も来ない事を私は知っている。


「何なのよ!」

 

 腕を振りほどいたセーラが、キッと私を睨む。悲しいかな、怖くないどころか愛らしいくらいだ。


「セーラ様! わたくし、先日セーラ様とお話して思ったのです。やはり、思い合っている者同士を引き裂くことなどできないと。それで、父に相談したのです」


 警戒を解いたセーラが、私の話を熱心に聞き始める。


「それで?」

「やはり、父は婚約破棄など許さないと。ただ……」

「ただ?」

「ドミニク様とそのお相手が思い合っている証拠があれば、許してやらないことはないと、そう言ったのです」

「まあ!」


 セーラの頬がバラ色に紅潮し、黄瑪瑙の瞳がぱっと輝く。


「それで、わたくしはそのお相手を探しているのです。セーラ様は、お心当たりはございますでしょうか?」

  

 私の言葉に、セーラが満を持してというように答えた。


「それは……。私よ!」


 セーラは平静を装っているけれど、その口元が僅かばかり緩んでいる。


(これだから、セーラって憎めないのよね)


「まぁ! こんなに美しい方がドミニク様の想い人だったなんて。どうりで、ドミニク様は私など眼中にないはずだわ」


 口をへの字に結んで、顔がにやけるのを堪えているセーラ。ますます憎めない。


「それで、ドミニク様とセーラ様が思い合っている証拠はありますか? 例えば手紙。ドミニク様からの恋文などがあればよいのですが」

「手紙は……ないわ。ドミニクはそういうことをするタイプじゃないの」


(まさか、好いているセーラにまで手紙一つ出していないなんて……。ドミニクって、冷血を通り越して心がないんじゃない?)


 手紙がないなら、ルクスが言っていたもう一つの方法を実行するしかない。


「てっ、手紙がなければ、婚約破棄できないの?」


 焦りを隠せず、声が裏返るセーラ。

 私は答えた。


「いいえ、一つだけ方法があります。ただし、この方法はセーラ様の協力が必要なのです。協力して下さいますか?」

「もちろんよ!」

「それでは……、お耳を拝借します」


 それから、セーラに耳打ちをした。



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