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私、婚約破棄したい


 放課後、ケイトとジェレミーに見送られて、ルクスと一緒に馬車に向かう。


「ちょっといいかしら?」


 呼び止める声で振り返ると、そこに立っていたのはセーラ・アングラードだった。


 豊かな草原のような若草色の髪、そこに咲く可憐な花のような黄瑪瑙の瞳、真っ白い肌、妖精のように愛らしい顔をしている。


(こんな子が好きなのに私みたいなのと婚約することになったんだから、そりゃあ、あんな態度にもなるわよね)


 ドミニクに少し同情する。


「……私ですか?」


 分かってはいるけれど、一応尋ねてみる。

 できれば違うと言ってほしい。

 今日は本当に疲れている。セーラ・アングラードの相手をする気力はない。


「高等部2年のセーラ・アングラードよ。アイリスさん、少しお時間宜しいかしら? ルクス君、妹さんをお借りしても?」


 少し鼻にかかった、甘ったるい声をしてる。

 ルクスが何か言いかけたのを制止した。


「先に馬車に行っていて。大丈夫だから」


 侯爵家の令嬢であるセーラの方が、私達より身分が高い。

 学園は、学園内では身分の上下関係がないことを謳っているが、実際にこの上下関係を蔑ろにすれば、さっきの私とエミリーのような揉め事に発展する。下手をしたら家同士の問題になりかねない。

 私はセーラに従うしかないのだ。


 ルクスは不満げな顔をしたけれど、しぶしぶといった様子で馬車へ向かって行った。


「わかりました。行きましょう」


 先を歩くセーラの後ろについて行くと、着いた先は人気のない機械室の裏だった。


(ここって、私が前世でお昼ご飯を食べていた場所じゃない! ここを知ってるなんて……。この人、もしかして友達いないのかしら?)


 振り返ったセーラが、私をキッと睨んだ。

 それでも妖精のような愛らしさが消えないのだから、感心してしまう。


「あなた、いったいどんな汚い手を使ってドミニク様の婚約者になったのよ! 美しいジュリア様ならまだ諦めがつくものを、あなたみたいなのが相手じゃ諦めがつかないじゃない!」


 目に涙を溜めて、ぷるぷる震えながら、そんなことを言っている。面と向かって侮辱されているというのに、まったく憎めない。


(それより……。アングラード家ってカスティル家の借金のこと知らないのかしら? まあ、公爵家当主ともあろう人が、投資に失敗して莫大な借金を作ったあげく、それを格下の伯爵家に肩代わりさせたなんて恥ずかしくて隠すしかないわよね。だとしたら、カスティル家は一体何と言ってアングラード家を納得させたのだろう。いや、納得出来てないんだ。だからセーラは諦めがつかないんだ)


 愛らしさも相まって、何だか不憫に思えてくる。


 父が隠しているのに、借金の件を不用意には話せない。けれど、それを話さない限りセーラは納得しないだろう。セーラが納得しなければ、私は解放されない。


(早く帰りたい……。こんな時はあの手しかないわね)


「わたくしも分かっています。ドミニク様の婚約者にわたくしが相応しくないことは……!」


 ぶりっ子をしながら、少し大仰に喋ってみる。

 こういう時は、言い返すと却って面倒なことになる。敵ではないと思わせてから、逃げるに限るのだ。


(今から私は、世間知らずの馬鹿な令嬢よ!)


「ドミニク様に、他に好きな方がいるのも知っています。わたくしといる時、ドミニク様はいつも遠くに思いを馳せていますもの。きっと、わたくしと婚約する前に、思いの通じ合った令嬢がいたに違いありませんわ!」


 セーラの黄瑪瑙の瞳がぱっと輝く。

 セーラが口を開く前に、捲し立てるように話を続けた。


「わたくしだって、思い合っている二人の邪魔などしたくありません。けれど、せっかく結んだ公爵家との婚約を破談にするなど、父が許すわけがありませんわ。わたくしは! わたくしは! ……悲しすぎるのでこれで失礼しますわ!」


 呆気にとられているセーラを置き去りにして、泣き真似をしながらそそくさとその場を去る。

 花壇の陰から、ルクスの金色の髪が覗いているのが見えた。


「黙って聞いていたの? 悪趣味ね。馬車に乗っていてと言ったのに」

「あんなのと二人きりにはさせられないよ。だけど、心配するだけ無駄だったな。アイリスの方が一枚上手なんだから」

 

 二人で門まで歩いていき、門の前に停まっている馬車に乗り込んだ。


「さっきより元気になったんじゃない?」


 ルクスの言う通り、あんなに落ち込んでいたのに、セーラと話したら少し気分が晴れている。


「アイリス」


 真正面に座るルクスは、急に真面目な顔をして私の名前を呼んだ。


「ドミニクと婚約破棄したい? 君が婚約破棄したいなら、僕は全力で協力するよ。だって、君は僕の命の恩人だから。何より君は僕の大切な妹だから。だから、僕には本心を言って」


 ルクスの言葉に、涙腺が崩壊しそうになる。


「婚約破棄……出来るかしら?」

「だから、二人でその方法を考えるのさ。それに君、ジェレミーのことが好きなんだろ?」


(ああ、そうか。私は知られたくなかったんだ。ジェレミーに、婚約者がいることを知られたくなかったんだ)


 セーラの前では嘘泣きをしたけれど、今度は本物の涙が頬を伝う。


「私、婚約破棄したい。絶対に」



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