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アイリスの夢


 私とルクスが王立学園に入学してから、2ヶ月程が過ぎた。

 毎朝家族と一緒に食堂で食事をし、ルクスと一緒に馬車で登校し、学業に勤しみながら日々は平穏に過ぎた。


 学園での一番の楽しみは、ケイトとジェレミーとルクスと一緒に過ごすお昼休みだ。

 といっても、女の子達に捕まってどこかへ連れて行かれるルクスは、お昼休みの途中でいなくなるのがいつもの光景になっていた。


 シュナイダー家のコックさんが張り切って作るお弁当を、ジェレミーは毎日持ってくる。

 ある日の昼休み、ルクスがケイトに尋ねた。

 

「ケイトのお父さんって、ベアール先生だろ? お医者さんの」

「父を知ってるの?」


 ケイトが、不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせる。


「子供の頃に診てもらったことがあるよ。僕は色んな医者に診てもらったけど、ベアール先生は特別な先生だったな」

「色んな医者に診てもらったって?」

「子供の頃は体が弱かったからね。あのままだったら死んでいたと思う。だけど、アイリスのおかげで救われたんだ。アイリスは命の恩人さ」


 突然そんなことを言い出すルクス。今まで一度だってそんな話をしたことはないのに、一体何を考えているんだと私は睨みをきかせる。


「ルクス、大袈裟なこと言わないでよ」

「本当のことだろ? ところで、ケイトも将来は医者を目指すのに?」

 

 ルクスの言葉に、普段はあまり表情が変わらないケイトの瞳が、驚いたように大きく目を見開かれた。


「どうしたの? ケイト」


 私が尋ねると、ケイトが少し躊躇いがちに答える。


「そんな風に聞いてもらったの、初めてだったから。医者を目指しているわけじゃないの。だけど、女は医者になれないって決めつけている人が、世の中の大半だから」

「僕たちの上の姉さんは、弁護士目指して大学に通ってるよ。女生徒は姉さんしかいないらしいけどね。色々言ってくる奴もいるみたいだけど、姉さんはそんな奴ら薙ぎ倒してずっと成績トップなんだ。在学中に弁護士資格を取るって張り切ってるよ」

 

 ルクスの言葉に、ケイトはローズピンク色の瞳を輝かせた。


「素敵なお姉様ね!」

「勉強大好きの堅物人間だけど、いい姉さんだよ。それにほら、キース先生の……」


 ルクスがこちらを見る。


「ソフィアさんね、キース先生のお姉様の」

「そうそう、僕達の家庭教師だったキース・キャンベル先生のお姉さんは、王宮の栄養学士なんだ。だから、女だからって目指す職業につけないなんてことはないんじゃないかな」

「………ありがとう」


 ケイトが、僅かばかりはにかみながらルクスに礼を言った。


(ん? ケイト、顔が赤くなってない? ダメよ、ルクスは! 自分の事をかっこいい王子様だと思ってるようなやつなのよ)


 もう一度ルクスを睨みつけるが、気づいているのかいないのか、ルクスは大きな溜め息をつきながら空を仰いだ。


「偉そうに言ったけど、僕にはクロフォード家を継ぐ未来しかないんだけどね」


 それから、ジェレミーを横目で見る。


「君もそうだろ? 国一番の商団を持ってるシュナイダー家を継がないなんてないよな」

「俺は商団の仕事が好きだから、嫌々継ぐわけじゃないさ。本当はすぐにでも商団の仕事を手伝いたかったのに、親父にまだ早い! 大人しく勉強してろって学園に入学させられたんだ」

 

 ルクスに続いて、ジェレミーも大きな溜め息をつく。


「だけど……。今はまあ、入学して良かったって思ってるかな」


 そう言って、ジェレミーがふいに私の方を見た。

 ジェレミーのオレンジ色の瞳が、太陽の光を目一杯受けて、宝石みたいに輝いている。

 

(相変わらずきれいな瞳ね)


 見惚れていると、


「アイリスは?」


 と、唐突にジェレミーが尋ねた。


「アイリスは、将来何になりたいの?」

「私は……」


 今世が始まってからの私の目標は、一生懸命勉強して、王立学園で良い成績を収めて、ルクスが死んで家を追い出されたらきちんとした仕事に就いて、マリーを幸せにすることだった。


(今世が始まったばかりの頃は、それしか考えてなかったけど……)


 私はルクスに視線を移す。


(ルクスってば、死にそうにないわね)


 私の視線に気付いたルクスは、小さく伸びをした後、私に柔らかな視線を送った。


「家は僕が継ぐんだから、アイリスは好きなことしていいんだよ」


(何よ、お兄様ぶっちゃって。だけど……。私、やりたいことをしていいんだ。それなら………)


「私、先生になりたい」


 そんな言葉が、口からするりと零れ落ちた。


「王立学園の先生じゃないの。小さな子に、最初に字の読み書きを教える先生。平民の中には、学びたいのに学ぶこと出来ない子供が沢山いるでしょ? それに貴族にも……。事情があって、本来学ぶべき時に学べない子供がいるかもしれない。そんな子達の為の……そう、学校! 学校を作りたい。その学校では、身分なんて関係なく誰でも学べるの。字の読み書きを覚えたい子供は誰でも! もちろん大人だっていい。大人になるまで学ぶ機会がなかったけど、字が読めるようになりたいって人は誰でも入学できる、そんな学校が作りたい!」


(そうだ! これが私が一番やりたい事だ)


「それ、いいよ!」 


 ジェレミーが弾んだ声を上げる。


「運良く金持ちの家に生まれた俺には子供の頃から家庭教師がいたけど、俺の仲間はみんな字が読めないんだ。中には、こいつ絶対俺より優秀だよなってやつもいるんだ。だけどそいつは、字が読めないせいで養鶏場の下働きをしてるんだ。いいよ! すごくいい! 作ってよ! 身分も年齢も関係ない、誰でも学べる、そんな学校!」

「作ってよなんて、簡単に言わないの。大変なことよ」


 興奮するジェレミーに、ケイトは冷静に反論する。


「じゃあ……。じゃあ、一緒に作ろう! アイリス」

「…………へっ!?」


 思わず変な声が出る。

 ルクスも、ジェレミーも、ケイトまで笑っている。


「ふふふっ」


 何だか可笑しくなって私も笑う。だけど……。


(私の心臓、どうしちゃったの?)


 さっきから、ドクンドクンとうるさいくらい鳴り響いているのだ。


 心臓は変だったけど、私は最高に良い気分だった。

 自分の夢がわかった。

 そして、その夢を認めてくれる人達がいる。

 

 それなのに……。

 そんな気分は、すぐにぶち壊しになった。

 教室に戻る途中、食堂から出てきたドミニクとばったり会ってしまったから。


(何が夢よ。すっかり存在を忘れてたわ。今の私には、この人と結婚する未来しかないじゃない)


 その時、ドミニクの隣に立つセーラ・アングラードと目が合う。セーラの黄瑪瑙の瞳が、こちらをじっと見つめていた。



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