友達と食べるお昼ご飯は、おいしいに決まっている
週明けの登校日の朝。教室でケイトを見つけた私が声を掛けようか迷っていると、ケイトの方から話しかけてくれる。
「おはよう。えっと……」
「アイリス! アイリス・クロフォード。アイリスって呼んで」
「私はケイト・ベアールよ。よろしくね、アイリス」
そう言ってケイトが口角を上げると、それだけで飛び上がりたいような気分になる。
窓際には、遠巻きに私とケイトを睨むエミリーとイザベルとレイチェルの姿があった。
昨日のことがあったからか、睨んでいるだけで直接何か言ってくる気配はない。もちろん、こちらも相手にする気はない。
午前の授業が終わり、お昼休みの鐘が鳴った。
そして今、私は一世一代の勇気を出している。
「あのね、ケイト。一緒にお昼ごはんを食べない?」
目を閉じて、ケイトの返事を待つ。
「ええ、一緒に食べましょう。天気がいいから中庭に行ってみましょうか?」
(ああ、飛び上がりたい!)
中庭のベンチに二人で腰掛け、持参したお弁当を広げる。
「ところで……。何であなたまでいるのかしら?」
私達の目の前には、地べたにあぐらをかいて座りながら、当たり前のようにお弁当を広げようとするジェレミー・シュナイダーの姿があった。
「いいじゃないか、友達なんだから」
「友達!?」
「昨日友達になっただろ?」
そう言ってジェレミーが広げたお弁当は、馬鹿でかい三段のお重に、美味しそうなおかずが目一杯詰まっている。
「あなたのお弁当、量が多すぎない?」
「うちのコックがさ、友達と食べろって張り切って作ってくれたんだ。どうやら、俺に友達が大勢いると思ってるらしい。残せばコックが悲しむし、捨てるのも忍びない。友達がいないと思われるのも癪だ。食べるのを手伝ってくれ」
ジェレミーの言葉に、思わず吹き出しそうになる。相変わらず変な子だ。
「仕方ないわね。そういうことなら頂きましょうか」
「ええ。正直、寮のお弁当はいつも同じメニューだからありがたいわ」
ケイトも私に同意する。二人でジェレミーのお弁当からおかずを貰っていると、ルクスがやって来た。
「おぉ! 何だよこの豪華なお弁当は!」
エミリーや他の女の子達に囲まれてへらへら笑っているルクスを、教室に置いてきていたのだ。
「ルクス、女の子達はどうしたのよ?」
「撒いてきたさ。だってあの子達……。香水臭くてご飯の味がわからなくなりそうだ」
「ふふふっ」
ルクスの言葉に、ケイトがはにかみながら微笑む。
ケイトは感情が表情に出にくいタイプなので、そんなケイトが微笑むと、私はそれだけで胸が一杯になる。
それから、四人でお弁当を食べた。
ジェレミーは、さすが大富豪シュナイダー家の息子だ。幼い頃から家庭教師に教えられ、きちんと躾けられて来たのだろう。
喋り方はぶっきらぼうなのに、立ち姿や所作に品がある。
焦げ茶色の髪を風に靡かせ、切れ長の瞳に宿る光は、今日も目が合う度に様々な色に変化していく。
黙っていれば、砂漠の国の王子様のようだ。
(黙っていれば、だけどね。そういえば、ケイトも所作がきれいなのよね)
食事の仕方にも話し方にも品がある。前世でも、ケイトはマナーを習っていない私より余程貴族らしい立ち振舞をしていた。
栗色の髪、特徴的なローズピンク色の瞳、派手ではないけれど、整った顔立ちをしたきれいな女の子だ。
(それにしても、友達と過ごすお昼休みの時間って、こんなに楽しいのね)
前世で学園に通っていた頃は、人の出入りのない機械室の裏で、寮から持ってきたお弁当をひとりぼっちで食べていた。
その頃には想像すら出来なかった。こんなに楽しい時間があることを。
それを知らないまま死んでいった前世の私。ひとりぼっちでお弁当を食べていた12歳の少女を、何だか無性に抱きしめてあげたかった。
お弁当を食べ終えて教室に戻る道すがら、こちらに向かって歩いてくるドミニクの姿を発見する。隣にいるのは、相変わらずのセーラ・アングラードだ。
このまま行けば、二人とすれ違うのは確実だろう。
一昨日の茶会があれだったのに、どんな顔をして会えばいいのかさっぱりかわからない。
おまけに隣にはセーラ・アングラードがいるのだ。気まずくて仕方がない。
「あの……、忘れ物をしたから先に戻ってて!」
ケイトとジェレミーは不思議そうな顔をしたが、何かを察したルクスが、
「じゃあ、先に行ってるよ」
と言ってくれる。
廊下に貼ってあるポスターを真剣に見るふりをしながら、ドミニクが私の後ろを通り過ぎるのを待つ。
(良かった……)
私に気付かず先を行くドミニクとセーラ・アングラード。その後ろ姿を見てほっと胸を撫で下ろしていた時、側にいた女生徒達の会話が耳に入った。
「見て! ドミニク様とセーラ様よ。今日もお似合いね」
「本当に絵になるお二人だわ」
「学園を卒業されたら、すぐにご結婚なさるのかしら?」
「お二人って、ご婚約されているんでしたっけ?」
「あら、あれだけいつも一緒にいるのよ。婚約者同士に決まってるじゃない!」
「そうよね。公爵家の令息であるドミニク様に、婚約者がいらっしゃらないわけがないものね。それに……。もし他に婚約者がいたなら、黙っているはずがないわ」
(その婚約者、ここにいますよー!)
私に向けての言葉ではないとわかっているのに、何故だか顔が上げられない。
(えらいことになったわ……)
もし私がドミニクの婚約者だと知られたら、どんなに酷い噂が立つか知れたものじゃない。
(ああ、恐ろしい!)
私はひとり、恐怖に慄くのだった。
    
 




