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王立学園


 12歳、私とルクスは王立学園に入学した。


 前世のルクスは病弱だった為に学園への入学が叶わず、私は学園の寮で生活していた。

 ルクスと一緒に学園へ向かう馬車の中、こんな日が来ることを一体誰が想像出来ただろうかと、私は不思議な気持ちになる。


 この1年半ですっかり健康を取り戻したルクスは、学園に入学できる日を誰より心待ちにしていた。


 グリーフィルド王立学園。

 中等部が3学年、高等部が3学年。クラスは各学年1クラスづつ、生徒数は200人余りだ。

 余程の事情がない限り、貴族の子供は12歳になるとこの学園に入学し、家が裕福であったり、学力が高いと認められれば平民の子供でも入学できる。


 学園内において、貴族と平民は平等だと謳われており、制服は全学年共通で、貴族だからと過度な装飾品で着飾ることは許されていない。

 けれど、貴族と平民で一つだけ違う所がある。

 それは、貴族の生徒のリボンやタイで光る宝石だ。

 

 昔、どこぞの貴族令嬢が、自分が貴族であることを誇示する為にリボンに宝石を付けたのが大流行し、令嬢なら胸のリボン、令息ならネクタイに宝石を縫い付けるのが伝統になっている。

 つまり、リボンやタイを見れば、貴族であるか平民であるかが一目で判ってしまうのだ。


 かくいう私のリボンにも、マリーが縫い付けてくれたペリドットが小さく光っている。

 自分の瞳の色か婚約者の瞳の色の宝石を付けるのが主流で、ルクスのネクタイにも私と同じペリドットが光っているのが、まるでお揃いみたいで何だか気恥ずかしい。


 学園に到着して馬車を降りた瞬間、四方八方から視線が注がれているのを感じた。

 ルクスを見る女の子達の視線だ。


 スラリと伸びたバランスの良い体。輝く金髪。白い肌に透き通るようなペリドットの瞳。

 子供の頃の青白くやつれた顔に見慣れてすっかり忘れていたけれど、ルクスは母やジュリアに似た美形なのだ。


(あんまり目立ちたくないのに、ルクスといると目立っちゃうわね)


 学園にはいい思い出が一つもない。

 字が読めない事を知られないように誰とも話さず下を向き、そのせいでいじめられていたから。

 教室のドアの前。

 前世とは違うとわかっていても、足がすくんでしまう。


「アイリス、どうした?」


 心配そうな顔をしたルクスが、少し屈んで私の顔を覗き込んだ。


(大丈夫よ。私以外は誰も前世の記憶を持っていないんだから)


 一つ深呼吸して、教室のドアを開ける。

 その瞬間、教室の中にいた生徒達が一斉にこちらを見た。心臓がドクンと跳ねて、背筋が凍る。

 だけど………。


(何だ、みんなルクスを見てるだけじゃない)


 私は、ほっと胸を撫で下ろし安堵したのだった。



 入学式やオリエンテーションは昨日までに終わっていて、今日から本格的に授業が始まる。

 教室には40人弱の生徒。8割が貴族で残りの2割が平民だ。

 授業によって席が指定されている授業とそうではない授業があり、後者の場合は自分の好きな席に自由に座ることが出来る。

 次の授業は後者だ。

 私は、“あの子”を探した。


 その時、


「ねぇ、あなた」


 聞き覚えのある声が私を引き留めた。

 

「あなた、ルクス君の双子の妹なんですってね」


 私の行くてを阻む三人の少女。

 その顔を、よく覚えていた。


 エミリー・ローレンス

 イザベル・ドパルデュー

 レイチェル・ディートリッヒ


 前世で私をいじめていた主犯格の三人だ。

 侯爵令嬢のエミリー・ローレンスと、エミリーの金魚の糞のイザベルとレイチェル。

 エミリーの一歩後ろに立っているイザベルとレイチェルが、貼り付けたような笑顔を浮かべながら言った。


「一緒に座りましょうよ」

「仲良くしましょう!」


 前世であれほど私をいじめ見下していた三人の少女は、ルクスの目に止まりたいが為に、今世では私に取り入ろうとしているのだ。

 そのくせ私の名前を覚えてもいないところに、彼女達の真意が透けて見えた。


「私はいいわ」


 それだけ言ってその場を去る。

 私は、“あの子”を見つけたいのだ。


(見つけた……!)

 

 廊下側の一番端、前から4番目の席に、“あの子”が座っていた。


 ケイト・ベアール

 前世で、唯一私に親切にしてくれた少女だ。


 前世、一人だけ王立学園に入学した私は、寮で生活するよう父に命じられた。

 学園の寮で暮らすのは平民だけ。貴族は屋敷から通うのが普通だった。

 つまり、寮で暮らす生徒の中で、貴族は私一人だけ。

 マリーがリボンに付けてくれたペリドットを見ると、皆不思議そうな顔か訝しげな顔をした。

 誰も私に話しかけない。見て見ぬふりをする。


 慣れない寮での暮らしに戸惑った。

 家族に顧みられなかったとはいえ、私はマリーというメイドに世話をされて生活してきた貴族令嬢の端くれだったのだから。

 その上私は字が読めなかった。

 文字通り右も左もわからなかったのだ。

 そんな私に唯一声をかけてくれたのが、ケイト・ベアールだった。

 

 ご飯のよそい方もわからない。ゴミの捨て方もシャワーの出し方すらわからない。 

 戸惑う私に、ケイトは何度も声をかけてくれた。

 全て事務的な会話だった。

 それでも、ケイトの存在にどれだけ救われたかわからない。

 だから今世では、絶対にケイトと友達になろうと決めていたのだ。


「隣いい?」

 

 声をかけた私の顔を見たケイトは、その後で胸のリボンに視線を移した。そこに光るペリドットに気づくと、怪訝そうに目を細め再び私の顔を見つめた。

 貴族令嬢が何で私に? そう言いたげな目をしている。


「はい……。どうぞ……」


 とりつく島もない程の他人行儀だ。


(これは、一筋縄ではいかないわね)


 それでも、ケイトにもう一度会えたことに、私は心から満足していた。

 エミリー達が、敵意を剥き出しにした目でこちらを睨んでいることにも気付かずに………。

 


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