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目には目を、歯には歯を、メイドにはメイドを


「お嬢様!」


 食堂の重い扉を開けると、廊下で待機していたマリーがかけ寄ってくる。


「どうなさったのですか? 食事はされたのですか?」


 マリーの栗色の瞳に宿る光が、不安げに揺れているのがわかった。


「いいのよ、マリー。部屋に戻りましょう」


 華やかな廊下を進み、その先に現れる暗く冷たい廊下を歩いて、自分の部屋にたどり着く。

 ベッド、小さなクローゼット、小さなダイニングテーブルと二脚の椅子。

 最低限の物だけが置かれたただ広いだけの部屋。これが、私が人生の大半を過ごしてきた場所なのだ。


 ダイニングテーブルに腰掛けて、小さな溜め息をつく。あんな食事でも、食べなければお腹が空いてくるのだ。


(夢の中でも、お腹って空くのね)


 なんて思いながら、マリーに食事を用意するよう頼んだ。

 だけど………。

 出てきたのは、さっきより萎びて変色したサラダに、変な匂いのするスープとパン一つ。


(パンがまともなだけ、さっきよりマシなのかしら?)


 もちろん、マリーがやったことではない。

 この食事を運んできた二人のメイドは、顔を見合わせてくすくすと笑いながら部屋を出ていく。

 途方に暮れた顔をしながら、マリーはドアの前に佇んでいた。


 私には、マリーの他に二人のメイドがいた。

 ルーシーとリリカだ。

 二人ともマリーと同じ下級メイドだが、マリーはこの屋敷で一番年下の下っ端メイドで、先輩の二人に逆らうことができない。


 家族だけではない。 

 屋敷中の使用人が私を見下し、陰で嘲笑っていた。ルーシーとリリカに無礼なマネをされたのも一度や二度ではない。そうして、私は見下されることに慣れ、現実を受け入れていった。これが夢ではないなら、こんな食事でも我慢して食べていただろう。


(だけど、これは夢なのよ。夢の中でまで不味いものを食べるなんてバカみたいでしょ?)


 まともに言っても、この萎びた野菜にドレッシングがかかって出てくるくらいだろう。

 

(どうしたものかしら……?)


 ひとしきり考えた後、マリーを呼んだ。


「ねぇ、マリー。これから話すこと、よく聞いてね」


 それから、マリーに耳打ちをした。



「ルーシー先輩、リリカ先輩」


 廊下でおしゃべりをしている二人に、マリーがかけ寄る。私は、ドアの鍵穴からその様子を覗いた。


「あの話、聞きました?」

「あの話?」


 急に話しかけてきたマリーに、訝しげな顔をして聞き返すルーシーとリリカ。


「ルクス様付きのメイドが、ルクス様の爪をすこーし切りすぎて、ルクス様に痛い思いをさせたからと、紹介状もなく屋敷を追い出された話ですよ」

「その話なら聞いたわ!」


 噂好きの二人は、マリーの話に興味津々といった様子で食いつく。マリーは話を続けた。


「この間なんて、ルクス様が鼻血を出されたことに怒った奥様が、その場にいたメイドを全員鞭で打ったんですよ!」

「まぁ、怖い」

「それは知らなかったわ」

「大切なひとり息子のルクス様には、奥様が常に目を光らせていますからね。お世話をするメイドは気が休まる暇もないでしょう」

「マリーの言うとおりね」

「私、ルクス様付きのメイドじゃなくてよかったわ」

「だけど……」


 マリーがもったいぶって話す。


「セリーヌお嬢様付きのメイドも、大変だっていうじゃありませんか」

「それはそうよ。何しろセリーヌお嬢様は、曲がったことが大嫌い。自分に厳しく、他人にはもっと厳しい方だもの」

「こんな風に、おちおちおしゃべりもしていられないでしょうね」

「本当にそう」

「私、セリーヌ様付きのメイドじゃなくてよかったわ」

「だけど……」


 マリーがもっともったいぶって話す。


「それより大変なのは、ジュリアお嬢様です」

「そうよ、あのわがままお嬢様! 使用人のことを虫けらか何かだと思っているんだから」

「私の友達のジュリア様付きのメイドなんて、ジュリア様の機嫌を損ねる度にぶたれていたらしいんだけど……。手でぶつのは痛いからと、履いていた靴でぶつっていうのよ。その子はこんな所にはいられないと早々に逃げ出したわ」

「まぁ、怖い」

「私、ジュリア様付きのメイドじゃなくて本当によかったわ」

「それに比べて……」


 マリーが、もっともっともったいぶって話した。


「ここは平和ですよね」

「えっ?」

「ここにいる限り、鞭で打たれたり、ぶたれたり、紹介状もなく追い出される心配をしなくていいんですから」

「確かにそうね。アイリスお嬢様は手がかからないし、奥様や旦那様の目を気にしなくていいんだから、楽なものよね。私、アイリスお嬢様付きのメイドでよかったわ」

「私も!」

「だけど……。私、噂を聞いたんです」

「噂? マリー、噂って何なのよ」

「次々メイドが辞めるせいで、ルクス様付きのメイドも二人のお嬢様付きのメイドも人手が足りていないらしくて……。それで、余っている所から移動させようって話があるみたいなんです。先輩も言った通り、アイリスお嬢様は手がかからないですからね。メイドは一人いれば十分です。あら? ということは……、二人も余ってしまいますね。だけど、私は心配してないんです。私はこれまでアイリスお嬢様に尽くしてきましたから、私のことは絶対に手放さないでしょう。だけど先輩達は………」


 ルーシーとリリカは顔を強張らせ、目を泳がせはじめた。そこでマリーはとどめを刺す。


「今からでも、アイリスお嬢様に尽くしたほうが、身の為なんじゃないですか?」


 その後運ばれてきた食事は、卵たっぷりふわふわオムレツに、シーザードレッシングのかかったベーコンとトマトのサラダ、具がたくさん入った温かなスープに、チーズとパンが籠いっぱい。


 ルーシーとリリカは、


「アイリスお嬢様〜、食後にはとっておきのお茶をお持ちしますね」

 

 なんておべっかを言っている。


(夢の中とはいえ、思ったよりうまくいったわ)


 私とマリーは、目を合わせてほくそ笑んだのであった。



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