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事の真相(前編)


 私が10歳に巻き戻ってから、9ヶ月近く過ぎていた。


 相変わらず食堂には行っていないので、家族に会うことはほとんどない。

 ルクスの様子は、授業の度にキース先生が教えてくれる。 

 唯一セリーヌとは、本の貸し借りをしたり、時々一緒にお茶を飲み、本や詩について語り合ったりしていた。 


 あれ程言ったのにも拘らず、ドミニクは、月に一度茶会の為にやって来た。 

 そのくせ何も話さない。

 時々何かを言いかけて口をつぐみ、また黙り込んでしまう。そんなことを繰り返していた。


 そんなある日の正午。部屋にやって来たのはセリーヌだった。


「アイリス、お誕生日おめでとう。贈り物を持ってきたわ」


 セリーヌから渡された箱に入っていたのは、綺麗な空色のシフォンのドレスと、ペリドットのアクセサリー。


「さあ、おめかしして、パーティーに行きましょう」


 今日の午後、ルクスの誕生日パーティーがあることは知っていた。

 今日は私の誕生日でもあるのだから。

 

「セリーヌ姉様、贈り物はありがたいけれど、私はパーティーに招待されていないんです」

「いいえ、あなたは招待されているわ」


 セリーヌが差し出した封筒の中には、ルクスお手製の招待状が入っていた。


 気乗りはしなかったが、セリーヌとルクスの好意を無下にするのも気が引ける。


(ルクスの顔だけ見たら、すぐに部屋に戻ってこよう)


 マリーに手伝ってもらいながらドレスに着替え、ペリドットのイヤリングとネックレスをつける。それから、セリーヌと一緒に会場である広間へ向かった。


 広間には、キース先生と、恐らく栄養学士だというキース先生のお姉様の姿があった。

 それから、セリーヌの婚約者アラン・サルバドールと、その母親で母の友人でもあるサルバドール子爵夫人。


 私の姿を見つけると、母の顔色が変わった。


「アイリス、体調が悪いのでしょう? 無理をせず自室で休んでいなさい」


 招待客の手前、努めて穏やかな口調でそう話す。

 その時、私と母の間に立ったルクスが、


「お母様、アイリスは僕が招待したんです」


 と母に向けて話した。それから、


「アイリスの席はそこだよ」


 と言ってご馳走が並ぶテーブルの方を指差す。ルクスが私の席だと言ったその場所は、主役であるルクスの席の隣の席だった。

 

「ルクス、そこはアイリスの席ではないわ」

 

 張り付けたような笑みを浮かべた母は、固まったようにその場から動かない。そんな母の言葉を、ルクスがきっぱりとした口調で否定した。


「いいえ、お母様。そこはアイリスの席です。今日はアイリスの誕生日でもあります。アイリスは僕の双子の妹なんですから」

「やめてちょうだい!」


 その瞬間、母が悲鳴のような金切り声を上げた。


「目を覚ましてちょうだい、ルクス。この子のせいで、あなたがこれまでどれ程苦しんだか忘れてしまったの? この子が一緒に生まれてきたせいで、あなたは病弱になったのよ!」


 ルクスの肩を、爪が食い込むほどに強く掴む母。突然取り乱した母を見た招待客は、皆唖然とした表情を浮かべている。

 その時、


「少し宜しいでしょうか?」


 よく響く、清涼感のある声が聞こえた。


「私は、こちらで家庭教師をしているキース・キャンベルの姉、ソフィア・キャンベルと申すものです。王宮で栄養学士をしております。今のお話が聞き捨てならなかったので、口を挟ませて頂きました。夫人は、ルクス様が病弱になったのを双子の呪いのせいとお考えのようですが、それは間違いです。今から、双子の呪いの真相をお話しします」


 キース先生と同じ知的な菫色の瞳を瞬かせながら、ソフィア・キャンベルと名乗ったその女性は話し始めた。


「今から300年程前、三代に渡り双子の王子が誕生しました。同い年の王子が二人。どのような運命を辿るかもうお解りでしょう。三代とも、王位継承権を巡る壮絶な権力争いが勃発しました。そしてその度に、片方もしくは両方の王子が、無惨にも暗殺されたのです。この事が後世まで伝われば、王家の権威は失墜します。そこで当時の王族は、双子の呪いという言い伝えを作り、その言い伝えが後世まで伝わるようにしました。これが双子の呪いの真相です。ルクス様が病弱になったのは、アイリス様のせいではありません。呪いなど存在しないのです」


 それから、息を呑みソフィアの話を聞いていた皆の顔を順に見渡す。


「王家に関する問題を軽々しく口にすれば、罪に問われてしまいます。まして私は王宮に勤める身。ですが、謂れのない罪で糾弾されるアイリス様を見て見ぬふりはできませんでした。皆様、どうかこの話は、皆様の胸に留めておいて下さいませ」


 ソフィアが話し終えるのと同時に、母が悲痛な声を上げた。


「けれど……! それなら何故ルクスだけが? この子はこんなにも健康なのに、何故ルクスだけが!?」


 ソフィアの清涼な声が、再び広間に響く。


「夫人は、タンパク質というものをご存知ですか?」

「たっ……たんぱく…しつ?……」

「タンパク質は、肉や魚、卵、牛乳に含まれる栄養素です。ルクス様は野菜中心の食事をされているそうですが、それでは圧倒的にタンパク質が足りないのです。タンパク質が不足するとどうなるか? 低栄養になり免疫力が低下します。この免疫力というのは、日光とも密接な関係があります。日光を浴びると、体内でビタミンDという物質が作られますが、このビタミンDには免疫力を向上させる効果があるのです。つまり、人間の体は適度に日光を浴びなければビタミンDが不足し、免疫力が低下するということです。免疫力が低下するとどうなるか? 感染症にかかりやすくなり、風邪を引きやすくなります。ここまで説明すればおわかりでしょうか? ルクス様が頻繁に熱を出されていたのは、この免疫力の低下が原因と推察されますがいかかでしょう? 幸い我が弟キースが、授業の際にルクス様に適度な日光浴と運動をさせ、たんぱく質たっぷりの卵パンを食べさせることで少しは体調が回復したようですが………」


 母の体は、怒りのせいなのかブルブルと震えている。そんな母の体を後ろから支えながら、父がその場を取り繕うように言った。


「ここ最近、息子の体調が以前より良いとは思っていたのですが、まさかキース先生のおかげだったとは」


 その時、ソフィアの後ろに控えていたキース先生が、一歩前に出た。


「いいえ、私ではありません」


 相変わらずのいい声で、きっぱりとそう言い放つ。


「ルクス様が適度な運動と日光浴ができるよう、ガゼボでの授業を進言したのも、ルクス様に栄養があるからと最初に卵パンを食べさせたのも、私ではなく別の人物です」


 それから、後ろを振り返る。

 キース先生の菫色の瞳が、私を捉えて停止した。


「それは、そこにいるアイリス様です」




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