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婚約者の再訪


「お嬢様、婚約者のドミニク様がいらっしゃる日です。お支度をしましょう」


 マリーの言葉に、私は小さな溜め息つく。

 すっかり忘れていたが、前回の茶会からちょうど1ヶ月経っていた。


(もう来なくていいって言ったのに……。言い方が甘かったかしら)


「今日のドレスはこちらです」


 マリーが広げて見せたのは、大きなリボンが胸と両袖に縫い付けてある黄色いサテン地のドレス。


(どう見てもジュリアのお下がりね)


 どうせ一度しか着ないものだ。お下がりだって何だっていいし、サイズが合わなくたって似合わなくたっていい。


(だけどね)


 父が用意するのはドレスだけ。

 残念ながら、私は靴も宝石も一つしか持っていない。

 だから私は、いつもサイズの合わない靴を履いて、ドレスに合わない古めかしい宝石をつけていた。


(本当に、私の事を何も考えていないのね)


 感傷に浸っている間に、準備が整う。

 

(さあ、行きますか!)


 気持ちだけは戦闘態勢を整えて、ドミニクのいる庭に向かった。



 ドミニクはいつものように、婚約者を待たずに一人で紅茶を飲んでいた。


「お待たせしました」

「ああ」


 相変わらず、こちらを一瞥もしない。


(こっちだって、今日も喋ってやらないんだから)


 いつも、私だけが馬鹿みたいに喋っていたのだ。私が口を開かなければ、そこにあるのは沈黙だけ。

 虫の声、鳥のさえずり、風の音。


「つぅ……!」


 小さい靴を無理やり履いているせいで、かかとの靴擦れが痛む。

 似合わないドレス、サイズの合わない靴、時代遅れの宝石。

 太陽の下で、私の姿はなんて滑稽なんだろう。

 そして目の前の男は、その滑稽な姿に気付いてもいない。

 つくづく家族と同じだ。見えていないのだ。私の事が。


 いつか……。前世で、ジュリアに言われた言葉を思い出す。


「あんたなんかが誰かに望まれるなんて、そんなことは永遠に起きないのよ!」


 カスティル家がドミニクの婚約者として望んだのは、ジュリアだった。

 カスティル家とクロフォード家では家格が違う。

 けれども、後に“社交界の花”と謳われる美貌の持ち主であるジュリアならば、迎え入れてもいいと思ったのだろう。

 だけど、父の考えは違った。


「美しい私には掃いて捨てる程の婚約者候補がいるもの。お父様は、借金を肩代わりする上に私を嫁がせるのは割に合わないと思ったのね。だから、取るに足らないあんたをカスティル家に押し付けたのよ。あんたが望まれたわけじゃないの。身の程を知りなさいよ!」


 初めて私を見た時の、ドミニクの両親のがっかりした顔を思い出す。

 美しいジュリアとは似ても似つかない、カーテシーもおぼつかない出来損ないの令嬢。

 婚約者の顔合わせだというのに、顔を見せない両親の態度から、私がクロフォード家でどんな扱いを受けているか察したに違いない。 

 けれど、借金を肩代わりしてもらっている手前、文句を言うことも出来ない。私を婚約者として受け入れるしかなかったのだ。


(そう考えると、この男も犠牲者なのかもしれないわね)


 そんな事を考えていると、珍しくドミニクが話しかけてきた。


「今日は随分騒がしいのだな」


 今日はジュリアの16歳の誕生日だ。

 今夜の誕生日パーティーの準備で、使用人達が屋敷の中を忙しなく走り回っていた。


「今夜は姉のジュリアの誕生日パーティーがあるので」

 

 と答えると、


「それは、忙しい日に来てしまったな」


 と、心にもないことを言った。


「いいえ、私は参加しないので」


 そう付け加えると、ドミニクは何かを言いかけて口をつぐみ、代わりに別の事を言った。


「そういえば、君の誕生日パーティーに招待されたことがなかったな」

「私の誕生日パーティーは、これまで一度も開かれたことがないので」

「君の双子の兄は体が弱いのだったな。それでパーティーを開かないか」

「いいえ、ルクスの誕生日パーティーは毎年開かれています。身内だけの集まりですけど」

「では、その時に君も一緒に祝われるのだな」

「いいえ、私は誕生日を祝われたことは一度もありません」


 そういえば、前世でも同じ質問をされたことがあった。

 その時は、嘘をついた。


「兄のルクスが病弱なので、私とルクスの誕生日パーティーは毎年家族だけが参加するのです。招待出来なくてごめんなさい」


 パーティーに呼ばれたことも、開いてもらったこともないくせに、ドミニクに嫌われたくなくて、家族に蔑ろにされていることを知られたくなくて、嘘をついた。


(だけど……。もう知られたっていいんじゃない? 嫌われたっていい。というより……。私、すでに嫌われてるじゃない)

 

 大きく息を吸って、一気に捲し立てた。


「知らなかったんですか? 私がクロフォード家でどんな扱いをされているか? 兄が病弱になったのは私のせいだと母に憎まれ、父に無視されて、姉にいじめられ、使用人にまで嘲笑われる、それが私の日常なんです。残念でしたね、こんな令嬢が婚約者で。同情しますわ」


(やったわ!)


 ドミニクの無表情が崩れた。

 目を見開き、顔を強張らせている。

 黒曜石の瞳の奥で、漆黒の光がゆらりと揺れた……ように見えた。


 その時、15時の鐘が鳴った。


「時間だ」


 そう言って立ち上り、何事もなかったかのように背を向ける。もう、ドミニクがどんな表情をしているのかわからない。


(そっちがその気なら、こっちもよ!)


「この無駄な茶会が、二度と開かれないことを祈ってますわ!」


(腹を立てればいい。そのすました顔をやめて怒ればいいのよ)


 だけど……。振り向きもせず、


「また来る」


 と呟いたドミニクは、いつものように足早に去っていった。


「また来るって何なのよ……」


 ひとり残された私は、途方に暮れて呟くのだった。



 

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