サプライズ企画
年上組の部屋に呼ばれ、あんなコトやこんなコトを想定して構えていたけれど、これは一体どういうことか?
手渡された紙は
《小児がん治療チャリティーライブ》
というイベントのフライヤーだった。
シンがスタディデスクのイスを持ってきて座る。
「トモキなんですけど」
「え、トモキ?」
トモキがどうかした? 何か問題が?? 突然トモキの名前が出てきて予想外で驚いてしまう。
「はい、弟君の調子が良くて9月の連休には一時的に退院出来るみたいで」
「えっ、そうなの?! 良かったじゃん!」
なんだ、いい話か。
そこで、シンとユウトが顔を見合せ笑顔を見せる。
「その頃、トモキにお休みをあげて欲しいんです」
「もちろんいいよ。当然」
お休みか、そういえばみんなここに来てから家に帰るとか、そういうことしてないな。
あれ? 私が悪いのか? お休みあげるとか気にしてなかったよ全然。
あれ、もしかしてうちって無給無休のブラック企業、かな?
「それでチーフリとしては、このイベントに参加したいんです」
シンが私の持っている紙を差した。
「ん、これ?」
「うちの会社、このチャリティーに前からアーティストを出演させてるんです」
「そうなんだ? 知らなかった」
「で、そのツテで参加出来ないかと思って」
「うん、でも。……チャリティーだよねこれは?」
果たしてうちにそんな余裕がある?
全部持ち出しでしょう?
チャリティーっていうんだから。
下世話な話、一銭にもならないんだよ。
「奏さん、弟君の病気ってなんだか知ってますか?」
「知らない……あ、もしかしてこれなの?」
小児がん……。
小さいのにそんな大きな病気を抱えているのか、胸が痛む。
痛むけど……。
「いや、デビューもしてない音源もない、グループ知名度ゼロで……そもそもグループ名すら決まってないし、出して貰えるかわからないし。ひと月もない」
「トモキの弟君に見せてあげたいんです。お兄さんのステージ」
「そりゃ、わからないでもないよ? だけど時期尚早じゃないかな」
「時期って?」
ユウトが不満そうに漏らした。
「ちゃんとシングルなり、アルバムなり出して、知名度上げてそれからでも遅くないってこと。来年とか再来年とか?」
「弟が、再来年? そのもっと先? その時に見に来られるくらい良くなっていればいいな」
ギロッと睨まれる。
「それは……それはさ……良くなってる、と思いたい」
だんだん声が小さくなる。
ずるくない……そんなこと言うの。
私がなんで責められる?
「じゃ、じゃあさ、出演出来たとして、何をするの?」
「オリジナル1曲とカバー2曲を考えてます」
「ふうん、カバーね」
そうか、カバーという手もあるのか。
知名度のある楽曲なら無名アーティストがやってもそこそこ盛り上がるだろう。
「それで、トモキとご家族には前日まで内緒にしたいんですよね」
「えっ、家族はともかく、トモキにも?! それ大丈夫?! 心の準備とか、いろいろ諸々」
「ん、まぁ。平気でしょう、事前に練習はしておくので」
「うーん。そうか……でもな」
「一度、代表に相談してみてもらえませんか?」
代表に相談?
そう、私の言うことは聞かないってこと?
ふーん、へぇえ。
もう、やることは決めてるって感じ。
一応、私に形式的に話をしているってやつですか? あっ、そうなんだ。
「……わかった。聞いてみるけど期待しないで」
「奏さん的には、NOって事ですね」
「うん。さっきも言ったけど、人前でパフォーマンスするには、まだ実力不足だと思うし。チャリティーっていうのも利益に結び付かないわりに、とくだん知名度上がるわけでもないし。総合的に考えて損益のバランスが悪い」
「はい。わかります」
「正直、初めてお客さんの前に立つ舞台をこれにしたくない」
私は立ち上がりフライヤーをデスクの上に置いた。
「パフォーマンスはもっと良くなる手応えはあるけど」
ユウトが床を見ながら、ぼそっと言った。
「それだって、これまで以上に練習させるってことでしょう? 急いで無理させる必要ある? 9月からは学校も始まる」
「そうですね。奏さんの考えはわかりました」
シンは特に表情を変えず平淡に言ってきた。
「うん。じゃ、そういうことで会社的にどうするか回答する」
「会社的に……」
ここでシンが初めて自嘲ぎみに笑う。
「やっぱり、やりたいようには出来ないんだな」
ユウトがため息混じりに私を見て、肩を竦める。
やっぱりって? 何? いや、どうしろって?
総合的に考えて、誰だってそう答えるよね??
私にどうしろと?
今、ここで私だけが、なんか人情のかけらもない、悪者みたいな感じになってない?!
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