空に星は見えますか
「黒歴史なんかじゃないですよ。あの時、あの事件がなかったら、俺は今ここにはいないし、奏先輩も俺のことを知らないままだったはず」
ショウゴは頷きながら微笑んだ。
「俺も、考えたことあります。もし、弟が動画をネットに上げていなかったら? シンさんが偶然見つけてくれなかったら? 今日も妹を保育園へ連れていって、バイト行って、あっという間に1日が終わってるはず」
「僕も。……2人があのオーディションの日に来ていなかったら、声をかけてくれなかったら……絶対まだおデブのままで、いじけて生きていると思う」
「誰かの行動が、その次の誰かの行動へと繋がっているのか、なるほど」
それはみんなが、うたったり、ラップしたり、ダンスをしたり、アクションを起こしていたからで、その一歩があってこそのことだよ。
運とか縁とかタイミングとか、そういうものを呼び寄せるのも、自分自身の強い気持ちと行動、そういうものなんじゃないかな。
「不思議な縁で繋がってる。みんな」
ヒナタが鏡越しに私達を眺めて言った。
右手を上げ、人差し指をツイツイっと動かす。
その軌跡は鏡の中で円を描いた。
「こういう連鎖? していくのなんていうんだっけ?」
トモキが顎に手をやり天井を仰ぐ。
「いんがほうおう?」
ショウゴがすかさず答える。
因果法王?
「ちょっとニュアンス違う気がする……」
いろいろ違う。
「あれじゃない? ほら蝶々のやつ」
「蝶々のやつ?」
「パタパタ」
ヒナタが両手を繋げてヒラヒラさせる。
「おお、わかった! 英語だろ?」
「蝶は英語で……」
はぁ……。
君たち、勉強も少しはした方がいいね。PCの電源を落とし練習室を出る。
「え、奏先輩どこ行くんですか? 教えて下さいよー!」
練習室を出て階段を上がった。
リビングは暗くひっそりしていて、窓の外から差し込む月明かりに照らされている。
吐き出し窓をあけて中庭に出た。
外はぬるく湿った風が吹いていて、涼しくも気持ち良くもない。
デッキチェアに寝転がり空を仰ぐと、丸い月が光の輪を持って白々と輝いていた。
さっきの話、自分の場合を考える。
もし、パパが倒れていなかったら?
シンと出会っていなかったら?
私はただなんとなく勉強して、一般でどこかの大学を受験して、目的もない大学生になって、やりたいこともないから院にでも行って……そしてその先は……真剣に考えたことはなかった。
先のことは遠い未来にしか感じられなかった。
だけど今は実感としてある。
1年先のビジョンをみんなと共有しているし、計画を立て準備をしていく中で、1日がとても短く感じるし、むしろ追われているとさえ思う。
「蚊に刺されますよ?」
月がシンの顔で隠れた。
「ん? ああ。いまんとこ平気」
「あっつくないですか?」
「まぁ、まぁ」
「まぁ、まぁ……て」
「みんな、練習室で自主練習してる」
「みたいですね」
「ヒナタの足はもう治ったの? 頑張りすぎじゃないかな?」
「……そうですね。ヒナタはあれでプライドが高いんですよ。周りが何か言っても聞かない所があって。自分で納得するまでやらせるしかないと思います。彼を信じて見守るしかないですね」
見守るか……それが案外難しい。
「何かありました?」
「え? なんで?」
「営業、上手くいっていないんじゃないかと思って」
シンは芝生の上に裸足で胡座をかく。
「いや、大丈夫」
「大丈夫って顔じゃないけど」
「……悔しいのかな。言うなら」
「……」
「星が良く見えないじゃん、あのでっかい月のせいで」
シンが夜空を仰ぐ。
「でも、ちゃんとあります。今日はあんまり見えないだけで」
ふわっと柔らかい風が抜けていった。
「焦りすぎかな……」
「目的を見失わないように、そうすれば大丈夫です」
「目的……」
「曲、増やしてます。インディーズでやるんですよね? それなら曲数が必要ですから。音源だけ売るなら尚更」
「シン、それ……」
「初めからメジャーデビューは無理だってわかっていました。その一端は自分にも責任があることなので。レコーディングもここのスタジオや事務所の設備で充分出来ますから心配しないで」
今、何か聞き捨てならないこと言わなかった?
「さて、もうひと仕事しとくか!」
シンは立ち上がると夜空へ向かって両手を伸ばした。
「ねぇ、それどういう意味?」
リビングへ戻ろうとするシンを追いかける。
「もしかして、シンはリリアさんの件と何か関係があるの?!」
「奏さん、それ……」
シンが口を開いたまま私の顔を見る。
「知ってる、山口さんから聞いた。そのせいでパパが業界から圧力かけられてるって」
「おーい、シャワーあいたぞー」
リビングの吐き出し窓が開いて、ユウトが顔を出した。
ユウトの顔を見て、シンの喉が上下する。
「奏さんその事、誰にも言わないで」
こんなに緊張して怖い顔をしているシンを、私は今まで見たことがない。
「う、うん」
その迫力に圧されて返事を返す。
シンは私に念を押すように頷いて、リビングへ入っていく。
「何してた? 蚊にくわれるじゃん」
「それが暑いからかな、あんまりいない」
「え、そ?」
私もユウトの顔を見ないようにその横を通りすぎた。
「……なんかぁ……お前ら怪しいな」
背中にユウトの視線を感じる。
ドクッ、心臓が鳴った。
「二人でコソコソ……なにを」
シンが戻って、ユウトの肩を抱いて引っ張っていく。
「ユウト、なんかいい香りするな。また俺のトリートメント使ったか?」
「そ、いいなこれ。サラサラになる」
「あたり前に使うな、高いんだから、あれ」
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