武勇伝? いいえ黒歴史です
「なんだ? おまえっ! こっちにこいっ!!」
山中は振り返り、コートの外にいる生徒達を鋭い目付きで睨んだ。
「暴力ですよ、それ」
「なんだとっ!!」
山中が肩で風を切ってやってきた。
私のすぐ前に立ち、私を見下ろす。
手を出せば、ちゃんと届く距離だ。
「なんだって? もう一度言ってみろっ!!」
「先生のちっさいプライドとか、ストレスとか、私達には関係ないんで」
「はぁ?!」
「そういう処理は自分で……」
バーーン!!
左頬を思いっきり殴られ、一歩よろけた。
「これも暴力ですね」
「黙れ!!」
バン! バン!!
頭をニ発叩かれ、頬から額あたりがじわっと熱をおびる。
もう、いいか。
私は体育館の端まで行って自分のジャージを拾い上げた。
上着からスマホを出して耳に当てる。
「おい、何してんだ?」
電話は意外にすぐに繋がった。
「はい、警察です。事件ですか? 事故ですか? どうされましたか?」
「あの、今すごく体の大きな男の人に三発も殴られたんですけど、まだ殴られそうなので、すぐ来てもらえませんか!!」
「おい、桑山?! どこにかけてる?!!」
中山が、私の手からスマホを奪い取った。
画面を見て、その表情が固まる。
「どうしました? 大丈夫ですか??」
スマホのスピーカーから声が漏れ聞こえてくる。
山中は慌てて電話を切った。
「お前、何してんだ?」
「何って、警察呼んだんです。これ傷害事件なので」
「な、何いってんだ?」
「今時、こんなことしたら捕まるんですよ? 」
「はっ、ハハハっ」
「……」
「あんな通報で来るわけないだろ? イタズラだと思うぞ、普通。それにどこからかけたのかわからないだろ?」
「分かりますよ。スマホからなら何処からかけているのか、分かるんですよ」
「適当なことを言うなっ!」
ちょうどそこの辺りで、パトカーのサイレンが聞こえ始めた。
5分もかからずにパトカーは学校へとやってきた。
バイクも何台か集まる。
みんなが扉の外へ視線を向ける。
赤色灯をつけたパトカーが1台、体育前前の駐車場に停まった。
「ここでーす!!」
私は体育館の外へ出て、パトカーから下りてきた2人の警察官へ手を振った。
「おい、……やめろ。もういいだろう? ふ、ふざけるのは……」
私を追いかけて来た山中が、声を潜め私に言ってきた。
「助けて下さい!!」
私は警察官の方へ走って逃げた。
「大丈夫ですか? あいつですか? 暴力をふるっているのは?」
「そうです、まだ殴ろうとしています!」
「あなたは、ここの生徒さん?」
「はい」
「あの人は誰ですか?」
「うちの学校の教師です」
あれよ、あれよという間に何台ものパトカーと、バイクに乗った警察官が山のように集まった。
そこへ、騒ぎに驚いて他の教師たちも集まってきた。
「事情を聞く前に、いったん手当てをした方がいいかな。血が出てますね」
「口の中を切ったみたいです」
「ど、どうしたんですか? 何事ですか?!」
校長先生と進路指導の先生があわてふためきやってくるなり、私の顔を見て驚く。
よく映画やドラマで殴られると血が出るシーンがあって、どうして口の中を怪我するんだろうとずっと不思議だった。
だけど、その謎が今解けた。
自分の歯が当たって口の中が切れるんだ。
そんな、どうでもいいことを考えていたら、何故か保健室へ連れていかれた。
病院じゃないと駄目なのに……。
まぁ、いい。病院へは後で個人的に行こう。
それから、教室の一室で警察の人と校長先生、学年主任の先生立ち会いで、事情を聞かれた。
ありのままを話した。
先輩がボールを当てられていたので止めに入ったら、私も殴られました。
と、話したのに、山中がパトカーへ乗ることは無かったし、それどころか耳を疑う対応を迫られた。
警察の人が席を外したとき、学年主任が私に言った。
「本当は何もなかっただろ?」
「いいえ、全部本当にあったことです」
「だから、ちょっと暑くてボーとして記憶違いということもあるだろ? それに、よく考えてみようか、何か事件があったとして、それでダメージを受けるのは君だよ?」
その言葉に私は心底あきれ果て軽蔑した。
どうして、殴られた私がダメージを受けるんだ??
学校は生徒を守らず、暴力教師を庇うのか。
そんなのは間違っている。
結局、叔母さんが迎えに来て、私は1週間の謹慎処分になった。
その後、病院へ行って診断書をもらった。
山中は起訴されたが処分は軽いものだったと聞く。
暫く病欠ということで休職していたが、いつのまにかいなくなっていた。
ショウゴの話が本当なら、また違う学校で教師を続けているということか……。
「あ、ショウゴ来てたんだ」
トモキとヒナタが入ってきた。
「何を話していたんですか?」
ヒナタがニコニコ笑っているショウゴと、ブスッとしている私を交互に見た。
「奏先輩の武勇伝」
「武勇伝?!」
「違うよ、黒歴史」
「黒歴史??」
結局、あいつもあいつのやったことも消し去ることは出来なかった。
何も変わらなかった。
殴られ損の黒歴史だ。
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