声をあげたのは誰のためでもない
ショウゴが音楽をかけて、身体を伸ばし始めた。
「お前なんかの欲とストレス発散のために、私達はここにいるんじゃない!!」
ショウゴ、股関節を緩めながらどこか遠くを見て言った。
足の裏を合わせて膝をパタパタと上限させている。
「衝撃だったな」
確かにそんなようなことを言った気がするけど、はっきりとは覚えていない。
「あれ……もしかしてバスケ部だった?」
あの日、体育館で練習していたのは女子と男子のバスケ部だけだったはず。
「そう。もちろん1年の時だし、しかも男子部員なんてまったく興味なかったですよね、奏先輩は」
ショウゴ、フッと自嘲気味に小さく笑う。
「なんかごめん」
「いや、なんの謝罪ですか? 余計に傷つくなぁ」
でも、ショウゴもその場にいた他の人も、本当の事は知らない。
私がどうして、そう言ったのか。
どうして、あんな騒ぎを起こしたのか。
☆☆☆☆☆
2年生になって、バスケ部の顧問が代わった。新しく赴任してきたのは、40代後半の山中という体育教師だった。
前任の高校では、弱小バスケ部を都大会まで押し上げた実力のある先生だって、学校側も保護者も期待していた。
うちの部が本気でバスケをやっていたか? 笑っちゃう、そんな子ひとりもいなかった。
都大会?
バッカじゃない?
そんなふうに思っていた。
だから突然始まった厳しい練習に、みんな戸惑って辞める先輩もいた。
私がバスケを始めたのは、パパがバスケの経験者だったからで、私がバスケをしたら喜んでくれるのかな、なんてそんなしょうもない理由からだった。
だから、そこそこ楽しめたらいい派で、そんな都大会目指して今まで以上に練習を増やすなんてありえないし、そこまでやるのは違うかなぁ……なんて思いながら日々の練習に参加してたんだけど。
最初は小さな違和感だった。
キャプテンの真由香先輩が、度々体育館にある体育教官室に呼ばれるようになった。
練習の前、後、授業の合間にも呼ばれていたのを見かけた。
キャプテンだから、みんなの分も怒られているのかな大変だな、くらいにしか思ってなかった。
両手首にリストバンドを付け始めた頃から、真由香先輩の様子が変だと気づいた。
他人のことなんか、ほとんど気にしてない、見ていない私が気付いたんだから、他の人はもっと早くに気付いていたんだと思うけど。
なのに、誰も何も言わない。
見て見ぬふり。
リストバンドの下にたくさんの傷痕を見たのは、私だけだった?
練習の後、更衣室に忘れ物をしてたまたま戻ったとき、真由香先輩が泣きながら教官室から出てくるところへ鉢合わせた。
「先輩、どうしたんですか?」
「な、なんでもないから」
先輩はそのまま更衣室に入って内側から鍵をかけたまま出て来なかった。
教官室に入ると、山中が机に両足を乗せ、スマートフォンを見ながらニヤニヤ笑っていた。
「失礼します」
「なんだ桑山か、驚かせんな。帰ったんじゃないのか」
山中は机に足を乗せたまま、鼻唄まで歌っている。
「真由香先輩、どうかしたんですか?」
「ん、どうかって?」
「泣きながらここから出て来たんで」
「ああ……少し厳しく言い過ぎたかな」
「……」
「なんだ、用がないなら早く帰りなさい」
「生徒ひとりだけを呼び出すのは……」
ガタン、と山中が足を下ろして机の脚を蹴った。
「なんだ?」
明らかな脅しだった。
「……いえ。失礼します」
山中はフンと鼻で笑い、手をヒラヒラと振って私を追い払った。
「あの、先輩……」
更衣室の電気は消えていた。
もう、帰ったのだろうか……。
私は教官室の明かりを忌々しく眺め、そしてその日はそのまま家に帰った。
それからも、その日の事が気にはなっていた。
でも、おせっかいなんて、そんなの私らしくない。
何かあったとしても、それは本人の問題で、本人が助けを求めてないなら放っておけばいい。
そう思っていた矢先の出来事だった。
何か気に障ることがあったのだろう、突然山中が椅子から立ち上がり、コートの中に入ってきた。
「そこ、それ、違うだろ!! 何回言ったらわかんだよっ」
「はい、すみません!!」
頭を下げた真由香先輩の頭にボールが当たった。
かなり近くから、強い当たりだ。
先輩は勢いで床に倒れこんだ。
倒れた真由香先輩にまたボールがとんだ。今度は背中に当たる。
みんな突っ立ったまま、呆然とその様子を眺めていた。
また、ボールが投げられた、今度は顔にぶつかる。
「おい、おっさん」
「あー? 桑山、おまえ今、俺に言ったのか?!」
「おっさんてのは、お前しかいないだろ」
「お、おまえ、だと?」
「おまえって、いうやつに、おまえって、言い返して、なにが悪いんです?」
「くっ、桑山!!」
「おまえの欲とストレス発散のために、私達はここにいるんじゃないんだよっ!!」
気づけば、私は怪獣を放っていた。
いつもなら、ただやり過ごして見てみぬふりを決め込んで、事が終わるのを待っていた。
私も含め、そこにいた全員がいつも黙っていた。
この卑劣で理由のない暴力に対して。
矛先が自分に向くのを恐れて。
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