心を届ける
「音楽には人の感性が絶対に必要です」
信号で前の車が停止した。
山口さんもゆっくりとブレーキを踏んで車が止まる。
「楽曲制作の環境が進化してAIが作曲したとしても、最終的には人の手や生の声が必要になるんです」
「近頃は声もAIが作るし、歌も唄えちゃうけど」
「それでもです。なぜなら聞く側が人だからです」
「人の声とAIの声、違いがわかるかな?」
「音楽で伝えるのはなんだと思いますか?」
「うーん、ノリとか歌詞の共感性とか?」
「心じゃないですか?」
「こころ?」
「私達は音楽を通して心を伝えているんですよ。だから心のこもった歌は売れるんです。人が誰でも持っている普遍的な感情というやつです」
「そういうのをAIは真似できない?」
「名曲と言われる曲は人の感性を刺激するから名曲なんです。つまり心を刺激するからです。心地良い刺激なら何度でも聞きたくなって、そのうち口ずさんでいたりします」
「スルメ曲!!」
「そして人の心は意外に純粋を好むんですよ、偽物を嫌うというか、見分けるというか」
「まぁ、騙されちゃうこともあるけど、最近のフェイク映像とか、すごいし。あ、下手くそな歌手の声も綺麗に補正出来ちゃうって、シンが言ってた」
「技術の進歩は早いです」
「だから、ライブで歌うとバレちゃうんだよねぇ。高音とか出ないし、音外すし、それで口パクにするけどそれも下手。放送事故レベル」
「口パクは意外に難しいですよ。日本のアイドルのレベル、昔は高かったんですけどね」
「昔? 山口さんの昔って、戦後?」
「ちょっと、それはないでしょう、私は昭和30年代生まれです!」
「戦後じゃん?」
「そういうくくりなら、みんな戦後生まれ、間違いないです」
信号が変わり車が進む。
「うちの子達には、うちの子達だけの心と個性があって、それは他の誰にも真似は出来ないと思うんです。ただ唯一の本物じゃないですか」
「もちろん、そう」
「私はそれだけで充分だと思います」
「それが強み?」
「はい。私達はそれを大切に育ててあげればいい。シン君と奏さんが選んだ人達なんですから、もっと自信を持って下さい」
「え、自信はすごくあるよ? 本当に絶対に売れるって思ってる」
「そうですよ、私もそう思っています」
☆☆☆☆☆
「奏先輩、何してるんですか?」
夕食後、練習室にあるPCに向かい座っていると、ショウゴがふらりと入ってきた。
「ん、ログの動画見てた」
「あ、プレゼンのやつですね」
モニターを覗き込んでそのまま見いる。
「練習?」
手にダンスシューズを持っていた。
「自主練しようかなぁって」
「ふうん頑張るじゃん。……ところでショウゴ、勉強の方は大丈夫なの?」
「え、そんなテンションの下がる事を、なんで今聞くんですか……」
ショウゴは一瞬ブスッと唇を尖らせたが、一変して愛嬌のある表情で笑う。
「俺のこと気にしてくれてるんですね、嬉しいです」
「……」
ショウゴはドカッと床に座り、ニコニコしながらシューズを履き替えはじめた。
ユウトがプレゼントをしたシューズだ。
みんなをお店に連れていって、細かく採寸して、好みの色や柄を選んだって、ヒナタが教えてくれた。
オリジナルのシューズは2週間かからずに届けられている。
ショウゴのシューズは黒ベースに白いロゴとラインが入っていて、なかなかシンプルだけど飽きが来なさそうで良い。
「俺より、奏先輩の方がどうなんですか? 内部進学……出来るんですか?」
「それは……うん、出来ないと思う!」
「えっ!!」
「ま、いろいろあったから」
「え、ちょっ、じゃあ、どう? え。あ、ええっ!!」
「夏休み前の面談で言われたんだ。無理だろうって」
「成績は問題ないんですよね? 」
「うん、問題ない」
「なのに?」
「まっ、しょうがないよね、学校にパトカー呼んじゃったらさ」
「……そんな、酷くないですか?! 奏先輩は絶対に悪くないのに」
「悪くないよ、もちろん。でも学校の面子と名誉を傷つけたから駄目なんだって。そんなはっきりとは言ってないけど、そんなニュアンス?」
ショウゴが何故か正座して私を見ている。
「……じゃあ、じゃあ……一般受験ですか? どこ受けますか? 俺でも入れるとこにしてもらえませんか?」
「うーん、多分ここから半年ちょいは、あなた達の活動に専念するから、受験はしないと思う」
「そうか、俺達と一緒に……え、つまりそれは浪人てことですかね?」
「別に予備校とか通うつもりもないんだよね」
「奏先輩が高卒なんてもったいない……でも、暫くは側にいてくれるってことですよね、それは凄く嬉しいんですけど、……しかし腹立つな、あの野郎、噂じゃ懲りもせずまた他の学校でコーチしてるって聞きましたよ」
「……そうなんだ。ていうか、あれ? なんで知ってるの? 」
「みんな知ってますよ。あの事件のことは。それに俺はすぐ側で見ていましたからね、この目でしっかりと」
「そうなんだ……ハハ」
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