努力の証
小会議室を出て練習スタジオに戻ると、ユウトとチーフリメンバーだけが残っていて、ヒナタの周りに集まっていた。
ヒナタは背を壁に預けて座り、足を伸ばし項垂れている。
ん、どうした? なにかあった?
トモキはヒナタの右隣にしゃがんで、彼の肩に手を置く。
左隣にショウゴが座り心配そうな顔でヒナタの裸足の足先を見ている。
「なに、どうしたの?」
「ああ、奏先輩。ヒナタが水ぶくれを潰しちゃって」
「水ぶくれ?」
「たいしたことないんです。今、シンさんが救急箱を取りに行ってくれていますから、絆創膏でも貼っとけば大丈夫です」
テヘヘ、と面目無さそうに笑う。
ヒナタの右足の裏、親指の下辺りに五百円玉くらいの水ぶくれがあって、完全に潰れていた
「皮膚が薄くてデリケートなんだね。鉄棒とかでも手のひら、すぐ皮剥けちゃうタイプ?」
私が尋ねると、コクリと頷く。
私もそうだった。べろんべろんに剥けちゃう、痛いんだよ。
「そうそう親指のところとかよく剥けてました……ほんとにそんなに心配してくれなくて大丈夫です。もう、何度もやってるし」
「!!」
一同、驚く。
「そういう事、早く言わないと」
「奏さんに言うほどのことでも」
「気付かなかった、ごめん」
トモキがシュンとなり、謝る。こういうところお兄さんぽい。
「トモ君が謝ることじゃないですよ。でも嬉しいです」
ユウト、ヒナタの靴の様子を見ている。
シューズの裏のソールはすり減って、全体的に古くてクタクタだった。
「シューズを替えた方がいいかも。もっとクッション性の高いやつに」
「へへ、これ前の高校の上履きで」
いわゆる体育館用シューズってやつね。
これはたぶんバレーボール用。
「サイズも小さいかな。あちこち当たってる」
シンが救急箱を持って戻ってきた。
ヒナタの足の下にタオルを敷き、消毒液を手に持つ。
「消毒するよ、しみるかも? いや、確実にしみると思う」
「はい、頑張り、ってーたぁっっ!!!」
シン、ヒナタの返事と心の準備を待たずして、消毒液をバシャッバシャッと遠慮なくかけた。
ヒナタ足首を両手で握ってプルプルと耐えている。
つま先の指、開いたままだ。
「皮膚は剥がさない方がいいからそのままにしておく」
「はひ……ううう」
少し乾かしてから、大きな絆創膏を貼って終わり。
「みんな、どこか体調とか具合が悪い時にはちゃんと報告するようにね!」
「はい……」
「我慢して悪化して、仕事が出来なくなったら困るから。身体が一番大事だよ。どんなことでもすぐに報告、わかった?」
みんな、はい、と頷く。
「ユウトさ」
シンがまじまじとユウトの顔を見る。
「ん?」
「お前、オーダーシューズだよな、それ」
シン、ユウトのシューズを指差す。
「ああこれ? そう。ダンスシューズはいつもオーダーメイド」
「やっぱり、前から思ってたんですよ、ユウトさんのシューズ見たことないし、非売品じゃないかって。オーダーなんだ……かっけぇ」
トモキが、目をキラっキラさせて見ている。
「それを、みんなにも作るってのはどう?」
「……ああ、なるほどいいね。ユウト先生が、みんなにプレゼントするよ」
「ほんとに?!」
「うわっ、凄いです!」
「オーダーなんてバスケのシューズ以来、久しぶりぃ」
トモキとヒナタがシンクロしてショウゴを見る。
「ん? 部活のシューズ、みんなオーダーでしょ? ね、奏さん」
「いや、私は市販品のメンズサイズで充分だったよ」
みんなが無言で私の靴を見る。
いや、言いたいことわかるけどそんな露骨に、デケェ、みたいな顔するな。
身長あるんだから、それ支えるんだから、あるだろうよ普通に。
それに、バスケシューズはメンズの方が好みのデザイン多かったし。
「26.5か27。私にもお揃いのシューズよろしくね、ユウト先生」
「Sure」
ユウト、ニヤッと含むように笑う。
あ、絶対に何か企んでる、この顔は。
「あ、やっぱ、いいや。いらない」
「なんでだよ、プレゼントするし」
「いらないし」
絶対に踊らされるもん、この顔は。
☆☆☆☆☆
「ねぇねぇ、ユウトにあんなこと頼んでいいの? 会社が払うべきなんじゃ?」
救急箱を事務室へ戻しに行くシンにくっついてきた。
事務室のある3階へはエレベーターで上がる、なのでエレベーターが来るのを並んで待つ。
「いいんですよ、どうせ漫画本を大量に買い込むとか、メルのオヤツやオモチャ買うとか、そんなのしか使い道ないんです」
呆れたようにため息をつく。
「それにシューズなんて、どうせ3、4ヶ月くらいしかもたないから、次からは会社で買って下さい」
「え、そんなもん? 」
「そんなもんですよ、毎日練習していれば」
シューズを潰した数が努力の証か。
エレベーターが来て扉が開いた。
「そうだ、あのヘリコプターの音って本物?」
シンが3階のボタンを押す。
「あれは、サンプルとシンセで作ったんですよ。いい出来でしょ?」
「うん、キャッチーだった」
シン、満足そうに微笑む。
「不安の象徴というか、10代の抱えるストレスみたいなものを表現したくて。近づいてきていつのまにか遠ざかる、そんなものですね」
「わかる、怪獣みたいな、あれ」
「怪獣?? まぁ、応援ソングでもあって。僕ら自身への」
「そのコンセプト、いい」
「グループコンセプトですか?」
「うん、キャッチコピーみたいなものをずっと考えてて」
「ひとりじゃない、僕らがそばにいる……的な?」
「うん。いつも寄り添ってくれるような安心感をあたえてくれるグループ」
たとえば、ユウトのハグみたいな。
「ところで山口さんと、何を話していたんですか?」
「ああ……レコード会社、どうしようかって話。大手は難しいって言われた」
「そうですか……」
シンが浮かない顔で何か言いかけてやめる。
「 何?」
「いえ、なんでもありません」
「本当に? 私に隠していることがあれば、それが何だろうと言ってほしいよ?」
「そうですね。……わかりました、それは折を見て」
あるんだ、隠し事……が。
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