夜明けに消えた星
「前に少しお話をしていたかと……詳しくは言えなかったのですが……」
山口さんと向かい合って座っている。小会議室は4人用のテーブルが置いてある小さな部屋だ。
室内はエアコンをつけたばかりなのでまだ暑い。
「これから、レコード会社の選定をしなければならないと思うのですが……そこなんですけどね、それが……おそらく、いえ絶対に大手は難しいかと」
「レコード会社……」
大まかに言えば、今日プレゼンしたデモをCDにして店頭に並べてもらうのがレコード会社の仕事だ。販路拡大やプロモーションを手掛けてくれる。
「うちは全部手を引かれたので……」
「……それ、タレント引き抜かれたのと関係あります?」
「そうですね、おおいに」
「何したの? もしかしてパパが恨まれるようなことを?」
「恨まれる?……違いますよ。これはいわゆる制裁なんです」
「制裁って……嫌がらせの域を越えてる?」
「社長は業界の重鎮を怒らせたんです」
「重鎮……そういう人がやっぱりいるんだ」
「事の発端は2年と少し前に遡ります。とある女性歌手がいたんです。その子は名のある大手芸能事務所に所属していました。とても才能のある子で、デビュー曲は日本全てのチャートでいきなりの1位。一夜にして彼女の人生は変わったんです。その後も曲を出せば1位をとる、アルバムもミリオンヒットを連発しました。とにかく売れに売れていましたね」
山口さんは額の汗をハンカチで拭いた。
「タレント性もあったので、CMやバラエティーなんかでも、よく活躍しました」
なんとなく誰の話しなのかが、わかってくる。
「けれど、その成功には意図的なものがあったんです」
「意図的? 事務所がお金をかけてプッシュするのは当たり前で、みんなしてますよね、今ならSNS動かしたり、露出するために営業かけたり」
「その、……営業方法なんですよね」
山口さんは少し言いにくそうに、机の上で組んだ自分の手を見つめている。
「彼女は……その……」
トントントン、山口さんの親指が机を叩く。
「なんというか……」
ああ、またか。
ここでも、そんな話か。
過去の嫌な出来事を思い出して、気分が悪くなる。
「……性接待ですか?」
山口さんが驚いた顔を私に向け、そしてまたすぐに下を向いた。
「……ああ、まぁ。そういった類いの事、なんだろうと」
「そんなこと本当にあるんだ。犯罪じゃん」
「……業界の景気が悪くなった、というのはあるかもしれないね。企業が広告にお金を出さなくなって、いろんな企画が縮小されたり、頓挫したり。少ない仕事を、取り合わなきゃいけない。ますます競争が生まれて、まぁ、そんなところなんでしょうね」
「最低」
「ある人物を通して、うちの社長へ相談がありました。社長は彼女のために弁護士を立て、契約の破棄と、うちへの移籍を秘密裏に進めていました。しかしデリケートな問題だけに、なかなかスムーズには事が運ばず、そのうち相手方に知られてしまいました。我々を二重契約で訴えると言ってきました。もちろん、契約はしてませんでしたよ、とんだ言いがかりです」
山口さんの手に、ぎゅっと力が入るのがわかった。
「その数日後、その子は自宅の浴室で亡くなりました」
結末は知っていた。
「表には出ていないと思うのですが、……薬物とアルコールの大量摂取による溺死、ということです」
「自死ではなかったんですか? 事故ということですか?」
「遺書がないことから、事故ということで捜査は終わっています」
結局リリアの死因は正式には発表されなかった。マネージャーが訪問したときには、すでに息がなかった、とだけ。
いろんな憶測があったけれど、自死なのだろうと世間は考え、ファン以外は、すぐに彼女を忘れた。
「パパが、関わっていたんだ……」
真っ先に、ユウトの顔が浮かぶ。
彼はどこまで知っているだろう。
リリア本人から聞いていただろうか。
「クソみたいな世界」
初めて会ったとき、そう言ってたな。
「そこからです。制裁が始まったのは。タレントの引き抜き、広告代理店、取引先、銀行への圧力、レコード会社、制作会社、大手ですから、息のかからないところがない」
「卑怯」
「卑怯で恐ろしい。今こうして、かろうじて立っているのさえ、私には何かの策略なんじゃないかと勘ぐってしまう程です。真綿で首を絞める、ってことではないのかと」
「これからも続く?」
「はい」
「負けたくないけど……」
怖いっていうのはわかる。
手も足も出ない、声も塞がれる。
巨大な権力を振りかざし、弱いものを踏み潰してあざ嗤う、この世の中には、腐るほどあるんだ、そんな場面が。
「……それはもちろん。私も悔しいですから。よく準備して……」
「広い方へ行きましょう」
「え?」
「そういう狭い業界に頼らなくったって、今は、いろんな方法があると思います」
「……そうかもしれません、が」
「敵の敵は味方作戦です!」
「は?」
「ところでメルなんですけど。リリアさんの犬がどうしてうちに? 普通はご家族の所へ行くのではないですか?」
「なぜ、リリアさんだと?」
「他にいますか?」
「まぁ、そうですね」
山口さん、また額の汗をふく。
「メルは……生前に言われていたみたいなんです。詳しくは社長から聞いてないんですが」
「どういうことを?」
「何かあったら、社長に犬を引き取ってほしいと、直々に頼まれていたみたいです」
「何かあったらって? 」
「それは……」
「遺書に書いてあったとかじゃなく?」
「はい、生前の約束で。遺書も、それらしきものも、ありませんでしたから」
「だからパパが連れてきた」
「そうなんです」
「パパって、別に犬が好きとかじゃないじゃん、なんで? 」
「さぁ、そこはなんとも……」
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