癒しのハグ
「奏さん、一曲歌いませんか?」
ジュン先生が突然なんか変な事をおっしゃっているんですけど?
私はゆっくりと立ち上がる。
「キムジュン先生」
「はい」
「仮にも私は、作曲家と世界的に有名なオペラ歌手のひとり娘ですよ。ご存知ですよね?」
「ええ、もちろんです! だから……」
何か言おうとするジュン先生の言葉に思いっきりかぶせてそれを遮る。
「そんな七光りに恵まれた人間ならですよ、今頃もうとっくに二世歌手として華々しくデビューしていたって、おかしくはない、そう思われませんか?」
「奏さんは歌のレッスンを受けたことがあると聞いて……」
「なのに……どうしてでしょう。ここで、こうやって真剣に皆さんの歌を聞いている。聞いているんですよ? どうしてなのか? なぜなのか? そこのところ、お察しいただけませんでしょうかね?」
またもやジュン先生の話を遮る。
「??」
ジュン先生はきょとんと私を見て、それからみんなを見た。
みんなも似たような顔で私を見ている。が、一番端のシンだけが下を向き肩を震わせていた。
あの人、笑ってんな。
「そこをよーく、よーく。あ、電話かな? もしもし……あ、どうもぉ」
私はスマホを耳に当てながら練習室を出た。
「……いつもお世話になってますぅ。桑山でぇす!!」
防音扉のドアノブをしっかり倒す。
もちろん電話なんか、かかってきちゃいない。
まったく、モデルの次は歌だと?! 歌をうたえだって?!
「そのうちダンスまで踊らされる、きっと」
「おーい、そこのぉ」
階段を上がりリビングを横切ろうとしたとき、呼び止められた。
「なんですか?」
ソファに横になっているユウトに。
メルがソファの足元で丸くなって寝ている。
「それ、取ってくんない?」
ユウトが指差す方を見てみると、ソファテーブルの上に漫画本が山のように積まれている。
「その、8と9」
「これ?」
「うん」
漫画を手渡す。
ちょっと起き上がって手を伸ばせば届く距離だってのにさ。
なんかイラつくな、この茄子頭。
「午後からオリジナル曲の振り入れするんだって? 昨日の夜に、もう出来たってヒナタが言っていたけど」
「うーん、まぁ。ボチボチ?」
ユウト、仰向けになって漫画を読み始めている。
「ぼちぼち……」
「……」
「メインダンサーは? やっぱりシン?」
「……」
「それともショウゴ?」
「……」
「それともあなた?」
ユウト、チラリと漫画から目を離し、横目で私を見たけれど、すぐにまた漫画に視線を戻した。
「……」
「みんな一生懸命頑張ってるのに……若干名、凄く暇そうな人がいる」
「あぁ……」
ユウトは一度ため息をついてから、素早く起き上がって、ソファの上に胡座をかいた。
髪をかき上げ私を見上げる。
「なに、話したいことでもある?」
ユウト、口調は優しいけど、めんどくさそうな顔してる。
「別になにも」
「どうせ今は練習室使ってるじゃん」
「別になにも」
「……わかった、来い」
「なに?」
「いいから、ここに座んなさい」
ユウトは自分の隣に座れと手で合図をした。
「イヤ」
「あっそう」
「あっそう!」
「じゃあ、わかった」
ユウト、立ち上がって私の目の前までやってくる。
え、なに?!
ユウトが両腕を開きニコっと笑っている。
「え?!」
避ける間もなく、その腕で抱き締められる。
「は、なに? セクハラなんだけど」
「よしよし、奏はよく頑張ってるぞ。本当によく頑張ってる」
背中をトントンと叩かれる。
「ちょっと! 殴るよ」
「ストレス軽減措置」
「はあ?!」
「ハグはストレスの大半を軽減する」
背中をトントンされて、最早戸惑う通り越して固まる。
「あのさ、いくらアメリカ帰りだからってスキンシップが過ぎる……こういうことしてるから……誤解さ」
「シッ。言うなら俺達はひとつ屋根の下に暮らしている家族みたいなもんだろ? だから寂しさも苛立ちも、怒りも喜びも、みんな分かち合えばいいじゃん、と思うんだ」
トントントントン。
「……なに言ってるかわからない」
自分のこともよくわからない。
自分の感情。
突然イラついたり、悲しくなったり。
支離滅裂でわからない。
「I know」
背中にあたるユウトの手があったかい。こんなに安心できるもんなんだ、人のぬくもりって。
「……」
トントントン。
「よしっ」
背中を大きく叩かれようやく解放された。
不思議、ザワザワしていた気持ちがなんだか少し落ち着いたような気もする。
「これ面白いから奏も読んでみなよ。大人買いしたんだー」
ユウト、またソファに転がる。
「何の漫画?」
「S○AM DUNK、知ってる?」
「知らない、私、漫画って読んだことない」
「?!」
ユウトが目を真ん丸にして私を見るから私も見返す。
「??」
私は絨毯の上に胡座をかいて、漫画を手に取った。
「で、これどうやって読むわけ?」
「基本右上からこうやってジグザグに」
ユウトが指で順序を示す。
「ふーん、わかった」
「え、ほんとに読んだことない? そんな人いるんだ」
「うるさいな、集中してるんだから」
「はい」
二人で漫画を読んでるうちに、歌のレッスンが終わったようで、みんながリビングへ戻ってきた。
「なんか暇そうなのが若干名いるな」
シンが何か言ったみたいだけど、私は漫画に夢中であんまりよく聞こえなかった。
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