歌のレッスン
「ちょっと気になる曲があったんです、そのなかに。一回やってみたんですけど、上手く出来なかったから、練習したくて……」
「そう……いいよ持ってて」
ヒナタに譜面帳を手渡した。
「ありがとうございます」
にこっと子供みたいに笑うと、すぐ譜面を開いて指でなぞって読み始める。
「今日のスケジュールって?」
「この後、歌の先生が来て午後は多分ユウト先生が振り入れをすると思います……」
ヒナタ、譜面を見ながらスラスラと答えた。
練習のスケジュールはアプリを見ればわかるけど、私はあんまりそれを見ていなかった。
自分とチーフリの共通スケージュールが入りそうなら見る、という程度。
そうか、歌の先生に挨拶でもしとこうかな。
最初に挨拶をしただけで、実際の練習を見たことがないし。
私は時間を見て練習室へ行った。
「こんにちは、ちょっと見学してもいいですか?」
「こんにちは奏さん、もちろんです」
歌の先生は、キムジュン先生という背の高いスマートな男の先生。
40歳半ば、だけど凄く童顔で若く見える。
韓国で有名な音楽大学を出ていて、歌手デビュー。その後ミュージカルや俳優なんかで活躍していたけど、日本へ仕事で来たときに運命の出会いをしたとかで、日本人の方と結婚。
韓国でのキャリアをあっさりと捨てて、日本在住はもう15年くらいだという。
その奥様と叔母さんが友達、という縁で歌唱指導をお願いすることになった、という経緯。
英語も日本語もペラペラだし、何よりやっぱり歌が本当に上手いんだ。
「おはようございます!……あれ、奏先輩、どうして来たんですか? 歌いたくなりました?」
チーフリの4人がバタバタと入ってくる。
スタジオの時計は11時5分前だ。
ちゃんと5分前行動出来てるね、素晴らしい。
「歌わない、ショウゴの歌がどんなもんか聞きに来ただけ」
「えー驚きますよ?…… 泣くかもしれないな」
「おはようございます。ショウゴ頑張らないとね」
シンが通りすがりにポンポンとショウゴの肩を叩いていく。
「おはようございます」
トモキとヒナタがパイプ椅子を並べて、トモキが私にも椅子を持ってきてくれた。
「どうぞ」
「ありがと」
なるべく気配を消せる場所を探して、ドア扉の脇に椅子を置いた。
シンがピアノの布カバーを外しフタを上げた。
「おはようございます、今日は奏さんが見に来てくれましたが、緊張しないでやりましょうね」
そう言って、ジュン先生はピアノの前に座る。
みんなはピアノから少し離れた場所に立つ。
発声練習をしてから課題曲の練習が始まった。
洋楽のミディアムテンポ曲。
サビの部分までを1人ずつ歌っていく。もちろん歌詞は英語。
やっぱりヒナタは圧巻の出来。
高音での発声方法を少しアドバイスされていたくらい。
聞いていて安心の安定感だし、鼻腔を響かせて歌う、ということを新しく習得したみたい。
前より声の広がりが大きくて、スタジオ内の空気が張ったり震えたりするのがわかる。まるで弦楽器のよう。
声質も良くて、空気を多めにして歌うと、ウェットな雰囲気が増してとても良かったりする。
私とシンがヒナタを選んだのは、歌唱力だけじゃない。表現力と伝達力だ。
それを高く評価したから。
歌詞を理解して自分なりに表現出来る、さらにその感情をまわりの人に共感させちゃうという不思議な伝達力をヒナタは持っている。
それが何かというなら「集心力」とでも言うのかな。
パパの造語だけど。
カリスマ性と同じ類いのものかもしれないし、また別のものかも。
いくら歌唱力や技術があっても、この集心力を持っていなければ歌手とは言えない、なんてパパが良く事務所の人達に諭していたのを思い出す。
アイドルも一緒だ。
集心力。
それに尽きる。
シンは、発声に力強さが増したかも。
力を抜いて歌っても声量があって、歌詞もはっきり伝わってくる。
余裕が増した感。
て、言っても病院で聞いたあの1曲しか聞いた事ないんだけど。
甘いだけだった歌唱に、より深みが増したというか、重さがついたというか。
そしてやっぱり変わらず品と華があるんだよなぁ。
トモキ、元々はそんなに音域が広くなかったと思う。
SNSの動画を見た時の印象だけど。
もともと低音は綺麗に出ていた。
加えて高音の響きに伸びやかさが増したみたいで。
本当に凄く上達していて驚く。
音域は広がっているし、滑舌、洋楽だからアクセントかな? も、違和感がなくて耳に心地良い。
ショウゴ、悪くないけどかなりの割合で音を外している。
リズムも時々ずれたりするけど、でも、それに気づいているみたい。
わかっていれば全然良い。治せるから。
きっと、ジュン先生の教え方が上手なんだな。
「奏さんも、一緒に歌いましょうか」
は? 今なんて?
私はジュン先生に、とんでもない、と手を振って答えた。
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練習用課題曲
EdSheeran / Happier




