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毎年くる憂鬱なあれ



朝食の時、昨日の夜にオリジナル曲の歌詞が突貫で作られたっていう話を聞いた。


「ラップ部分のライムとフローをショウゴと一緒に考えていたんですけど、そしたらほぼ朝になっちゃって」


「あら、楽しいじゃない。皆で作るなんてねぇ。外に頼んだらそんな楽しみもないものね」


姫ちゃんが、温めたお味噌汁を置いてくれる。

ワカメとお豆腐。

基本、朝ごはんは和食だ。


アジの開きをつっつく。


「聞いた時の新鮮さっていうか、感じたイメージをすぐに固めようって、ことになったんです」


ヒナタとトモキのアジ、綺麗に骨だけになっている。


「でも、ラップのリリックがこんなに難しいとは思わなかった、ちょっと舐めてた」


ショウゴも意外に綺麗に食べている。


「慣れだよ、リズムとかイン踏むとかは」


魚、面倒。


「ユウト先生、振り付けすぐ作っちゃって映像撮ってました。後はフォーメーション? 実際に動きながら決めるって言ってたんですよね。早くないですか?」


視線を感じて顔を上げると向かいに座るヒナタが私を見ていた。


「ん、あ、そうだね。さすがだよね……ごちそうさまです」


「あら、もういいの? 全然食べてないじゃない?」


「ちょっと、食欲なくて」


「大丈夫? 具合でも悪い?」


「大丈夫、ぜんぜん。部屋に戻るね」


「……そうね、少しゆっくりして」


姫ちゃんが片付けを引き受けてくれる。


「ありがとう」


「どういたしまして……」


「大丈夫ですか?奏さん」


「うん、平気心配しないで。頑張って曲仕上げてね」




部屋でベッドに転がった。

いつもそうだ。


この時期になるとやっぱり不安定になる。


身体が重くなるし、やる気がなくなっていくというか。

やることはたくさんあるんだけど、どれもやる気がしない。


少し寝ようかな。


ぼんやりしていると、どこからかピアノの音色が聞こえてきた。


リビングのグランドピアノだ。


ヒナタかな。

弾きたいって言ってたから。


最初はポロンポロンと遠慮がちに。


そのうち、楽しくなってきたのか、それとも指の慣らしが終わったのか、大胆になる。


ピアニッシモ、ピアニッシモ、ピアニッシモ!!


殴られるみたいに打たれてるな、思わず笑う。



パタパタパタ、ピアノの音に混じってまたあの足音が聞こえた。


早く、早く起きて、ママ!!

早く来てよ!!


「奏、走らないで、危ないでしょう、転ぶよ?」


ママが布団の下からモゴモゴと言ってくる。


「へへへ、早く起きて来てよ。聞かせたい曲が出来たから!!」


私は布団の端をめくって、ママの髪の毛を引っ張った。


「やめてぇ、わかった。わかったってば。すぐに下りるから」


「早くねー、忘れちゃうから」


「書いとけばいいでしょ?」


「書くのはママの係だよ。私は頭の中に記憶するの」


「じゃ、忘れないように記憶して」


「忘れるから記憶なんじゃん!」


「はいはい、そうね」





ムクッと起き上がる。


この曲……何番の曲だっけ。


呼ばれたかのようにリビングへ下りた。




「それ、どこにあった?」


譜面を見ながら弾いているヒナタに聞いた。


「え、 ああ奏さん?」


ヒナタが私を見て驚いた顔をする。



「これですか? これは下のスタジオの作業台の引き出しに入ってました。昨日、筆記用具探してたら見つけたんです」


「……」


「あの、すみません。勝手に」


ヒナタはパタリと譜面を閉じた。


「これ、弾いてた? 今」


「本当にすみません。大事な物でしたよね……」


譜面を取り上げ、パラパラとめくる。


ラフに書かれた音符、譜面の上には日付と曲の番号が記されている。


ママの筆跡。


こんな遊びもしていたっけ。


「さっきの曲、もう一度弾いてくれない?」


私はヒナタの隣に座った。


「あ、ええと……。はい、ちょっと譜面いいですか?」


ヒナタへ譜面を渡した。


弾むテンポに鳥の囀ずりのような細かい旋律が重なっていく。


私はヒナタの真っ直ぐで綺麗な指先を目で追いかけた。


人って指まで痩せられるもんなんだ。


ぷっくりとした、子供のような手が今は懐かしく思える。


ヒナタは演奏を終えると、困惑を含んだ顔で微笑んだ。


「面白い曲ですね、これ全部奏さんの作曲ですか?」


「まぁ。お遊び?」


「聞きました、姫ちゃんから。奏さん、いつも命日のひと月くらい前から調子が悪くなるって」


「平気、今年はみんなもいるし。やらなきゃいけないこともたくさんあるから、大丈夫」


「そうですか……なら、いいんですけど……」



私は楽譜を持って席を立った。


「その楽譜、僕が持っていたらダメですか?」



+++*+++*+++

リリック……歌詞

ライム……韻を踏んだ歌詞

フロウ……フシ

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