表情筋死んでた
「ていうかさ、そうやって素直に謝るの奏の良いとこだとは思うんだけど、これからはあんまり、こうやって軽々しく謝んな」
悪いこと言ったと思ったから謝ったのに、謝るなって、どういうことよ?!
「この業界でやったらいけない事がある」
「やったらいけない事? って? 」
「それは、弱みを見せること」
「弱み? 謝ることが弱みになる?」
ユウト、何度か頷く。
「立場に高低が付くから。とにかくこの世界、他人を蹴落とすのにみんな必死なんだ」
「そんな、大げさな……」
「ちょっとでも弱みを見せたら、あの手この手でそこを攻撃されて落とされる」
「まさかぁ……」
「徹底的に、ときには組織的に圧をかけてくることだってある」
「組織的……」
「ただそこにいるだけで、なんか気にくわない、ってそう思うヤツが出てくんだ、理不尽だけど」
「それはなんとなく、わかる気がする。芸能界って少ないパイの取り合いなんだって、山口さんも言ってた」
「まぁ、だから、気を引き締めろってこと」
「わかった。頭下げてる間に頭殴られないように気を付けろってことでしょう?」
「まぁ、そう。本当にそういう世界だからな洒落になんねぇ」
メルがご飯をたいらげ、ユウトの側に行って座る。
ウルッとした目で、じっとユウトを見上げている。
私もユウトの側に行って正座をする。
ユウト、怪訝な顔で引き気味に私を見る。
「ねぇ、そんなにチーフレが心配なら、メンバーになればいいんじゃないかな?」
「ウウッ……」
ユウトと私の間にいるメルが私に向かって唸ってくる。
「チーフリのみんなにはユウトみたいな人が、……じゃなくて、ユウトが必要だと思う」
「ウウウっ……」
メルが伏せながら静かに唸ってくる。
「メル、静かに」
ユウト、メルの背中を撫でて抱きあげる。
「ユウト! シャワーの順番きめるぞー!!」
リビングからシンが叫んできた。
ユウトはメルを抱いたまま立ち上がると、私の肩をポンポンと叩いた。
「今はシャワーの順番が最大の優先事項」
「え、」
ユウトの後をついていくが、真面目な答えを聞けないのはわかっていた。
諦めて部屋に戻ることにする。
「じゃ、みんなおやすみ……」
\ お疲れ様でした!! /
「ジャンケーン、」
みんなの息のあった挨拶に見送られ、私は自分の部屋へ続く長い廊下を歩いた。
パタパタパタ……
えっ?!
背後からスリッパで歩く足音が聞こえた。
振り返る、もちろん誰もいない。
軽くて小さな足音で少し走るような……。
やめよう、きっと気のせいだ。
部屋に入るとベッドに仰向けに転がって大の字で天井を眺める。
白い天井に青い蝶々が、ふわふわと飛んでいく、ようなイメージが浮かぶ。
疲れたな。
ヒラヒラヒラ~蝶が舞っていく。
幸運の青い蝶々か、チーフリにも幸運が舞い込むといいな。
デジタルファッションカタログが出来上がるまでは2週間程度かかる。
発表と同時に受注を受け付けるそうだから、その売れ行きがどんなものかとても気になる。
間違っても、モデルを使っていなかった時の方が受注が多かった、なんて事にはなりませんように。
絶対売れる、という手応えはあるんだけどな……。
後、もうひとつ楽しみなのが、ショートムービーに、シンが作った楽曲が使用されるってこと。
1分半の曲だけどブランドの明るくてキュートなイメージが良く表現されてたから、映像と重なった時の相乗効果にとても期待している。
ピピピカシャッ
シャッターの音が、まだ耳の奥に残っていて脳内で勝手に響く。
なんとなく全身に倦怠感がある。
下手くそなポージングで普段使わない筋肉を使ったからに違いない。
それに、顔の筋肉も……とくに頬から耳の下側にかけてがとても重くて、強張っているみたい。
グリグリと頬から耳の下までを、グーでマッサージする。
表情も実はいろんな顔の筋肉使われているんだな。
ロボットの顔、って言われるのわかったかも。
私の表情筋は、ほとんどが使われずに死んでいるんだ、ってこと。
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