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シン


「あのさ、個室だからっていっても、ギターはないでしょう。迷惑すぎる」


別に実際、迷惑かとかは知らないけど、なんか気まずくて、そんなことをつい口走ってしまう。


「あぁ、そうですよね、すみません。なにか刺激になるかも、とか思っ」


「フレデリックプロダクションの歌手なの?」


素直に謝られて、さらに気まずさが加速したので、彼の言葉を遮って質問する。


178㎝くらいかな。

手足ながっ、頭ちっさ、首なっが、スタイルお化けだ。


白い長袖シャツは萌え袖で、チノパンはダボっと太い。超シンプルな着こなしなのに、なんだかお洒落に見えるのは顔とスタイルのたまものか。


「まだレッスン生です」


「ふうん」


レッスン生。

パパの会社って、レッスン生契約っていうのをすると、歌やダンスや演技、人によっては語学なんかも習わせてくれて、もれなく費用は会社が負担してくれるっていう優れシステムを運用している。

もちろん返済はしなくて良い。


ただ、デビュー前とか経費を回収する前に辞められると会社にとってはすごい負担になってしまう。


常時10人前後のレッスン生がいたらしいから、それがみんな辞めたとなるとだいぶ大きな損失だったろう。


この人はどうして辞めなかったのかな?


シンがベッド脇に置いてある丸椅子を持ってきて、どうぞとすすめてくれた。


茶褐色の髪に茶色がかった瞳の色。

全体的に色素が薄い。


「ビジュ良い、声も良い、歌も上手い、デビューは? 決まってる?」


「……」


シンは私の視線を避けるように目を伏せた。


これは、なんか訳ありか?


「そうだな……例えば……デビューが決まらない理由として」


すすめられた椅子を引き寄せて遠慮なく座る。


「あなたの声は繊細すぎるから、ソロ歌手には向いてない。骨太のメインボーカルがいてこそ引き立つ色気のある高音だもん。せめて二人組でデュオじゃないと、とか?」


「……すごいな、よくわかりますね。その通りでした」


「でした……」


過去形、やっぱり訳ありだったか。


「骨太の方が他所の事務所に移ったんで、デビューが流れました」


「なるほどー、それでパパ……社長はなんて?」


「諦めるな、絶対にステージに立たせてやる、とは言ってくれました」


シンはアコースティックのギターを黒いケースに丁寧におさめる。


「パパの会社、潰れるんだよ」


「……そうですか、とても残念です」


「だから、次のところ見つけた方がいいと思う。年齢考えればすぐにでも」


「あっ、いえ、私がどうのじゃなくて、社長が悔しいだろうなって、そう思って」


パチンとギターケースのロックを閉めたシンは、パパの寝顔を心配そうに見つめた。 


パパを裏切った人が多いなかで、そうじゃない人もいた。


唐突に悔しさが込み上げてくる。


パパは、信じてくれる人を放っておくような人じゃないでしょ?


いつまでのんきに寝てんの、早く起きなよ。



「社長が言ってくれたんです、君はフレデリックだって、だから歌い続けなさいって。僕は何十回もオーディションに落ち続けてました。それで自信もやる気もなくしていたんですけど……、これが最後って思って受けたのがこちらで。この事務所で社長に拾ってもらえた。だから、ここで終わりでも後悔はないです」


「絵本のフレデリックでしょ」


「はい、最初は何のことかわかりませんでしたけど。……夢や希望を誰かに与えたり伝えたりする人、ですよね」



「ネズミのフレデリックは仲間が働いている間何もしないの。仲間は特に責めもせずやりたいようにやらせておいた。冬がきて貯めていた食べ物が少なくなってくると、みんな心細くて不安になってきたのね、そこで初めてフレデリックを責めるの


君は何をしていたの? って


フレデリックは集めたお日様の温もりをみんなに分けたり、歌ったり、お話をしてあげて、みんなを温かい気持ちにさせてあげた


だから、夢や希望を与える役割の人が世の中には絶対に必要なんだよって、パパはいつも話してた……」



だから、ママもフレデリックなんだって。



そういう人がたくさんいたら、世界中の人はもっと幸せになれるんだって。


パパって本当に馬鹿だな。


大人のくせに、そんな夢みたいな事、真顔で言っちゃって、命まで削って。


ほんとバカみたい。




+++*+++*++++



参考図書

絵本

題名 フレデリック

著者 レオ‐レオニ

出版社 好学社

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