誰のために笑う?
とうとう椎名さんが撮影の手を止めた。
カメラのモニターを確認すると、佐野さんのところへ行き何かを話している。
とても真剣に、笑顔もなく。
さっきまで、みんなを褒めていた和やかな空気が心なしか変わってしまったようにさえ感じる。
まずいな、きっとダメ出しをくらう。
もっとちゃんとやんなくちゃ。
撮影時間も押して、この後の予定が全部狂ってしまう。
そうなれば、私のせいで大勢の人に迷惑がかかることになる。
「桑山さん、ソロを後にしてモナさんとの2ショット、先に良いですか?」
椎名さん、別に怒っても苛立ってもいないみたいな口調だ。
大人なのだし、そりゃ、あまり態度には出さないか。
「はい、すみません」
「モナさんお願いします」
「はい、お願いします」
モナさんが、白いダウンベストを持ってきて私に着させてくれた。
佐野さんのスタッフさんが、追加の服を持って来たり、終わった服を持って帰ったりで忙しそうにしているから預かったのだろう。
裏地は紫色で白抜きの蝶が総柄で入っている。
モナさんのダウンベストはエメラルドグリーンで裏地は白地に青い蝶の総柄。
この他、配色違いが2つあって、多分この後に誰かが着て撮影するはず。
この、トレーナーの上にベストを着た新しいバージョンを2人で撮る。
「すみません……」
「大丈夫ですよ、ぜんぜん。だって桑山さん本業モデルじゃないんですから」
「あ……ま、そうですよね」
なんかちょっと今、モナさんの言葉に引っ掛かりを感じた。
本業かど素人か? そんなことは多分見る人には関係がない。
洋服がかわいくて、つい欲しくなる。
そんな写真が必要なだけだ。
そう、私は誰にも注目されていない。
だって、服が主役なんだから!!
そう考えたら、なんだか気持ちが楽になった。
私はモナさんを真似て、ポーズを変えていく。少しリズムが掴めてきたみたい。
気づけば、次の服に着替えを終えた、シンとショウゴがホールの端の方に控えて、私達の撮影風景を見ている。
「おはようございます!」
「お疲れ様です!」
そこへ、元気な挨拶とともに入ってきたのが、ユウトと姫ちゃんだった。
ユウトは赤い首輪とお散歩用の紐を着けたメルを抱いている。
姫ちゃんにはお昼のケータリングの手配を、ユウトにはメルを連れてくることをお願いしていた。
メルがいればチーフリメンバーと現場が少し和むかな、と考えていたんだけど。
まさか、それで自分が癒されることになるとは……。
「はい、ありがとう。ちょっと待って」
佐野さん、PCのモニターで確認する。
「大丈夫です!」
「ありがとうございました」
モナさんがはけて、また私のソロ撮影に戻った。
ダウンベストを脱いで、最初の服装に戻る。
「じゃ、始めます。桑山さん、無理に笑わなくていいからね」
ピピピッ カシャ
顔を上げて、目線をきめる。
カメラの向こう側へ。
ピピピッ カシャ
ポーズを作る、角度を変える。
「はい、良かったですよ。ちょっと待ってね」
モニターを見ていた佐野さんが椎名さんへ頷いた。
「はい、オッケーです。背景変えます」
「ありがとうございました。お疲れ様でした」
「驚いた! どうして奏ちゃんが?」
姫ちゃんのところに行くと開口一番そう聞かれた。
「急遽モデルさんが来れなくなってさ、代わりにやることになったの」
「そんなこともあるのね。……メイクなんてお初じゃない? 別人になって、びっくりしちゃう。ちょっと写真撮っていい?」
「もう、そういうのは後で。お昼のケータリングはもう届いた?」
「あ、大丈夫。あと追加のお菓子と飲み物もユウト先生と一緒に運んだから」
「ちょっとは、昨日の練習が役にたったのか、俺に感謝だな」
ユウトがニッと笑う。
「本番があると思ってやる練習と、ただの練習じゃ、全然違う。全部真っ白、意識とんじゃった。何したのかも覚えてない」
「ふうん、奏でも緊張とかすんだな」
「そりゃ、迷惑かけちゃいけないって思うし、現場の空気って、こういうのかって……」
ユウトはメルのアゴ下を、ふにふにふにふにっと触っている。
ああ、そうか。
仕事というものは、こんなふうに各々の日々の努力と修練が集まって出来上がっていくものなのか。
そんな当たり前のことを、私は知らなかったんだ。
「メル来たね」
メルの頭を撫でようとしたら、唸って拒否された。
「おいメル、この人間は初見じゃない、奏だ。騙されるな」
メルは、え、ほんとですか? というような目でユウトを見上げ、そして私をじっと見る。
ユウトは、メルの頭をひとなでして、再びアゴ下をふにふにふにふにっと。
そこへ、待機していたシンとショウゴがやって来た。
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