一寸先は闇だってね
「潰していいよ、家がなくなるのは嫌だもん」
家にはママとの思い出がある。
「奏ちゃん、落ち着いて」
「社長はきっと戻られます!」
山口さんが力のこもった目で私を見た。
「……そんなの、いつになるかわからない。もう1週間も目を覚まさないのに」
「奏ちゃん、大丈夫よ、ICUも出たし意識もすぐ戻るから。ガッツのある人だもん、それできっと前みたいに元気になる」
叔母さんが私の膝をポンっと叩いた。
「そこで、いや、そこでというのは違うんですが……、奏さん、あなたにお父さんの代理を頼みたいと思っているんです」
はい?! 藪から棒ってこういうとき使う?
藪から棒に、何を言い出すんですか?!
「冗談っ、私、まだ高校生だよ?」
「高校生が社長をやってはいけないという事はありません」
「あのー、私は経験もないし業界の事も知らない、そんなど素人の高校生を誰が相手にする? いくら私だって、そんなに甘くないって事わかるよ?!」
「私がお手伝いします」
「そうよ、山口さんは玲子の元マネージャーだし、よくご存じよね」
「私も、手伝えることはするわ」
「奏さん、お願いします。社長の夢をここで潰したくはないんです」
「ならさ、山口さんか、叔母さんがやればいいじゃんない?」
そりゃそうじゃない?
どうして私が?
「それが、社長の意向といいいますか」
「意向って?」
「この会社の取締役に奏さんの名前がありまして、あと持株も、私達よりも上位です」
「それって、どういうこと?」
「つまり社長が不在の今、跡継ぎの奏さんに決定権が委譲されているという状態でして……まぁ、税法上のあれやこれやで大きな声では言えないのですが……」
そんなこと初めて聞いたし。
つまり名前だけ社員、役員みたいなこと?
学校の先輩にもいたよな、何もしなくても役員報酬が毎月入るって自慢していた人。
「すこし整理させて……風にあたってくる……」
私の頭はもうちょっとキャパオーバーだ。こんがらがって思考が停止する。
ひとまず事務所を出た。
その足でパパの病院へ向かった。
パパがいけないんだ、いつまでも呑気に寝てるから、さっさと起きなさいよね。めんどくさいの凄く困るんだから。
力任せに病室の扉を開けようとしたとき、ギターの旋律と歌声が聞こえた。
ツマ弾きの優しいメロディに肩の力がすっと抜ける。
静かに扉を開けると、パパの傍らに座りギターを弾いている人の背中が見えた。
優しくて甘い透明感のある声。
耳に心地よく、気づけば曲の最後までしっかり聞き入ってしまった。
たったひとりの人だけをずっと想い生きていく、そんな歌詞の恋愛ソングだったけど、迂闊にもやるせなく切ない想いの中にどっぷりハマっていた。
部屋の中には甘ったるい歌の余韻がまだ残っている。
甘ったるい恋愛シンガーが、私の気配に気付き振り返った。
そしてすぐ立ち上がる。
「すみません、勝手に……」
うっわぁー。
男性にこういう形容詞はしないかもしれないけど「美人」そう思った。
女性っぽいとか男性的じゃないとか、そういう意味ではなく。
すぐに事務所所属の人だとわかる。
頭が小さくて、背が高いからスタイルがめちゃくちゃ良い。
毛穴レスな白肌に切れ長の涼しい目元。
2次元から抜け出してきた、っていうキャッチコピーを嘘偽りなく掲げられる。
「パパの会社の人でしょ」
「はい、フレデリックプロダクションの鹿原シンです」
シンは私に向かって90度近くまで頭を下げた。
パパの教育ってこういうこと。
やけに礼儀正しくて、それは大袈裟っていうくらい仰々しい。
+++*+++*+++