イメチェン♪イケメン
「大丈夫、ヒナタが歌えなくなることなんかないよ、絶対。ていうか、そんなこと考えなくていい」
「時々すごく落ちるというか、もう全部やめたくなるときがあって」
「あるよね、そういうとき……」
ヒナタがまたなにかを口ずさむ。
キッチンの空気が震えて細やかな泡をつくる。炭酸水みたいな泡の海にタピオカみたいな音符がポトンポトンと落ちてリズムの波にのって流れていく。
私に見える音楽は、経験と思い出によって変わっていくみたいだ。
中庭に面した窓から真夏の蒼い夜が見える。
バスケットコートの脇に1本だけひまわりが咲いていた。
太陽がない夜でも、じっと立ってあんなふうに咲いてるんだな。
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裏原宿で出会ったグラスホッパーの店長佐野さんが、うちのメンバーでWEBモデルをやって欲しいと正式に依頼が来た。
A/Wのラインナップと撮影コンセプトの企画書や要望といったものがメールに添付されて届いた。
イメージに合うスタジオとカメラマン、メイクさんを叔母さんと相談して決め、見積もりを提出。
チームフレデリックが世に出る初めての仕事ということ、今後も継続的な依頼を頂く協賛関係というのを考慮して、実費を折半ということで話がつく。
初めは自然光が良いという事で外でのロケーションを希望されていたんだけど、この暑さや天候その他諸々で、結局は室内撮影に落ち着く。
撮影は1週間後、その前に4人を美容室へ連れて行った。
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「こんにちは、いらっしゃい!」
ここは、会社で提携している美容室『woo』である。
白壁の洋風戸建てスタジオで、ご近所にある。我が家とは古くからのお付き合いだ。
今日は4人分、半日貸しきりで予約を入れてある。
店長の大橋さんはパパと同年代のおじさんで、焼けた肌と口髭がトレードマーク、お客さんからは、親しげにヒゲちゃんと呼ばれている。
「奏ちゃん久しぶり。おいおいその髪はなに? 伸ばしっぱなし?!」
「あはは、まぁ」
ショートボブスタイルが今はただのセミロングに成り下がっている。
そして最近は暑くて、ひとつにくくっている。
「今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。僕はヒゲちゃん、こちらはチョコちゃん」
「よろしくどうぞ、チョコです」
チョコさんはヒゲさんの奥様。
メイクや和装の着付けも出来る人だ。
「で、こちらはアシスタントの金沢さん」
20代中頃かな、ショートカットが似合う女性で、私は初めて会う。
「よろしくお願いします」
\\よろしくお願いします!//
4人は声を合わせて言うと、深々とお辞儀をする。
「ヒナタ君」
髭ちゃんがオーダー表を見ながら呼んだ。私が送った画像が張り付けてあるやつだ。
「はい!」
「矯正かけようと思うんだけど、いいかな?」
「え、矯正ってあの矯正ですか?!」
「あの?」
「すべてのくせ毛アタマの憧れサラサラヘアーが、時間と大金と拘束さえ引き換えにすれば、確実に手に入れることが出来るという、それは魔法のような施術……」
ヒナタ、頭の毛をひと束掴んで伸ばす。
魔法ではないよね、お金と時間と薬剤の力だから。
「まぁ、面白い事言うのね」
チョコさん、フフフっと笑ってヒナタを手招きする。
「こちらへどうぞ。時間がかかるから先に拘束しちゃいますね!」
ヒナタはいちばん奥の席に案内される。
「他はカットだけだから、順番はとくにないけど」
ヒゲちゃんが、みんなを見渡す。
「じゃ、すみません。こっちで決めてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
シン、トモキ、ショウゴ、集まってジャンケン。
チームフレデリックは何かを決めるとき、ジャンケン率がとても高い。
年齢関係なく、平等に意思決定が出来るように、ってシンが前に言ってた。
「はい、俺です」
ショウゴがジャンケンに勝って席に座る。
続いてトモキ、シンの順番。
トモキとシンと私は待合室のソファに座って待つ。
金沢さんが、飲み物のオーダーを取りに来る。
「コーヒー、紅茶、オレンジジュース、カ○ピス、コーラ」
私が持ったメニュー表へ、二人が顔を寄せる。
「僕はアイスコーヒーをお願いします」
「すみません、俺はカ○ピスソーダをお願いします」
トモキ笑顔でオーダー。カ○ピス、そういえばユウトも飲んでたっけ、みんな好きだな甘いの。
私はアイスカフェラテを頼んだ。実は最近、このコーヒーというやつが美味しく思えてきている。最初は眠気覚ましで飲むようになったのだけど、今はもういつもこれ。
トモキはヒナタとショウゴの変わる様をじっと見守っている。
シンはスマホを見て、私は雑誌を見たりしながら待っている。
すると、ショウゴが戻ってきた。
サイドと襟足がだいぶ刈り込まれて、トップは長めに残されている。
前髪は今どきのセンター分け。
「いいじゃん、かっこいい。ツーブロ」
シンが、にこにこして褒めた。
「まぁ俺、坊主でもなんでも似合っちゃうんですよね、素材がいいんで」
はいはい、わかりました。
異論はないです。
ショウゴ、店の中をウロウロしながらセルカタイム。
「次の方どうぞー」
「はい!」
トモキが明るい声と一緒に立ち上がった。
「トモキ君、ラッパーなんだ」
ヒゲちゃんとの会話が聞こえてくる。
「ええと、ポジションてだけです」
「顔が甘いから、ラッパーのトガリ感を髪型で表現するって、オーダーきてるんだ」
「……はい?」
ヒゲちゃんとトモキが私へ視線を飛ばしてきた。
「どういうことかな?」
「さぁ……」
白いケープを付け、てるてる坊主になったトモキが不安そうに首を傾けている。
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