好きをかたちにしたら
声をかけてくれたのは、黒髪をぐるぐるっと頭の上に結った店員さんだった。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。お店の前で」
私は慌てて立ち上がった。
「あ……れ?」
起立した途端、視界が揺れて一瞬真っ白なモヤに包まれたようになる。立ちくらみってやつかも。
「どうぞ、店内で休んで下さい」
「大丈夫です」
「そう言わず、どうぞ涼んでいって下さい。さぁ、どうぞ」
「すみません……お言葉に甘えさせていただきます」
店員さんに付き添われ店内へ入った。
「こちらへどうぞ。今はお客さんも途切れてますから、気にせずに」
フィッティングルームの前にあるソファを勧められる。アンティークかな、猫脚で渋いワインカラーの革張り。
ソファの下は円形のペルシャ絨毯だ。
「ありがとうございます」
ご厚意に甘えて座らせて貰う。涼しい……天国だ。
少したつとだいぶ気分が良くなった。
やっぱり、暑さと人混みのストレスが良くなかったのかな。あと、最近寝不足だったし。
「どうぞ、お水ですけど」
小さなトレーの上に、紙コップが乗っている。
「すみません、いただきます」
うわぁー、美味しい。ただの水なのにほんとに美味しい。冷水が喉を通り胃まで届く。身体から熱が抜けていくように感じる。
余裕が出てきたので、あらためて店内を眺める。
ポップでカラフルな洋服がところ狭しと並んでいる。
目に楽しくて華やかで明るい雰囲気。
星、花火、ユニコーン、フルーツ、カニ、イルカ、ダイダイ染め、グラフィックの総柄。
夏らしいモチーフが、手書き風だったり、フォトの切り貼りコラージュ風だったり。
ソファから立ち上がり、洋服のそばまで行ってみる。
「サイズは大きめに作ってあるんです。ユニセックスで着られるように」
「そうですか」
この辺りのはっきりしたビタミンカラーは、シンに似合いそうだな。グリーンのドット柄のシャツに、ワンポイントでスイカの刺繍がしてある。
おっと、蛍光色オレンジの総柄のロゴ、『SMILE』だって。かわいいじゃん、トモキに良さそう。
「……あの」
ここのお洋服、なんだかとても私の気を引く。
チームフレデリックのコンセプトイメージが、なんとなく私の頭の中にあって、それがここのコンセプトと、とてもマッチするような気がするのだ。
「はい、どれかお気に召しましたか?」
「あの、突然すみません」
「はい?」
「私、芸能プロダクションの者なんですけど」
バッグから名刺を取り出し、店員さんへ渡す。
「こちらのお洋服のデザインが、なんて言うか……凄く個性的でとても素敵だな、と思いまして」
「それはありがとうございます」
「こちらの代表者様か広報担当の方とお話しすることは可能でしょうか?」
「それでしたら、私が店長兼、代表兼、デザイナーの佐野です」
「そ、そうなんですか?!」
「はい」
布のような手触りの、珍しい紙で出来た名刺を差し出される。
『 GRASSHOPPER.CO.LTD
Art.designer
sano hikaru
佐野 ひかる 』
「ありがとうございます。佐野さん、少しお話しさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ。こんな感じなんで」
お客さんのいない、二人だけの店内。
左野さんはぐるっと見回して微笑む。
笑顔が可愛らしくて気さくな感じの人。
「どういったことでしょうか? 芸能事務所さんということは、お洋服の貸し出しとかですかね?」
「ああ、はい! そうなんです!! こちらのお洋服が、うちのタレントのイメージにぴったりのコンセプトだと思って」
「今期のS/Sはキュート&アクティブがコンセプトで、自然とファンタジーがテーマなんですよ」
「ああ、だからフルーツとユニコーン! このイラストとてもかわいいです」
「ほんと?!」
「はい、本当に」
「そしたら、こんなのもお好きかと思います」
佐野さんは、レモンと星の総柄シャツを持ってきて私に見せた。透け感のある軽い生地で着心地も良さそう。
「このデザインは全部佐野さんが?」
「はい、好きを表現したらこんなカタチになりました」
レジの後ろに古いミシンが見えた。やりたいことを自由にやる。好きなことを仕事にする。
誰もが憧れるよね、そんな生き方。
佐野さん、30代前半くらいだろうか、若くしてそれを手にしているなんて凄いな。
私なんて、好きなことも、将来なにがしたいのかなんてことも、まったくなくて。
だから、フレデリックのみんなが、歌が好きとかダンスが好きとか、そういうこれが『好き』みたいなのがちゃんとあって、凄いなって思うんだ。
私にはそういうものがないから。
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