アイドルという職業
「じゃ、奏さん、日程の調整がついたらまた連絡しますね」
「うん、よろしく」
「LXB君、オーディション、すごーく楽しみにしてる。ちゃんと準備してきてね」
そう言って、シンは完璧なアイドルスマイル(営業用)をショウゴへ向けた。
「もちろん、そのつもりです」
煽ってるなぁー、お互い。
それにしても、シンはどういうつもりなんだろう。
本気でショウゴを候補として考えているのかな。
「ああ、それから奏さん」
「ん?」
「こんなとこに長居していると、日に焼けちゃいますよ」
私はタレントでもモデルでもないから、どうでもいいんだけど。
「ご忠告ありがとう」
肌を見せずハットを目深にかぶる日焼け対策バッチリなシンは(さすがアイドルのたまご)ヒラっヒラっと優雅に手を振ると、私たちに背中を向け、大きな歩幅で去っていった。
「本当に親のサインが必要ですか?」
ショウゴが神妙な表情で尋ねてきた。
「うん、そうだね。個人情報の同意書とかも、貰わないといけないから」
「そうなんだ」
「本気でオーディション受けようなんて思ってないよね?」
「どうしてですか?」
ショウゴは心外という顔で私を見る。
「……」
「興味ありますよ、奏先輩のプロジェクト」
表情に不満さが増す。
「あのさ、ショウゴの家の事情はよく知らないけど、うちの学校の生徒って基本、将来決まってるじゃない。併設の大学卒業したら、家業継ぐみたいな?」
「うちは、その辺は現実問題無理なんで親もそろそろ諦めると思います」
「そうかな?」
「俺は大学行けるアタマないし、就職も親の会社は嫌なんです、ていうか興味ないです」
「ショウゴがそうは言ってもさぁ……」
「勘当されてもいいです」
「はぁ?!」
「アイドルになるっていって反対されたらそのまま家出します」
「いやいや、そうはいかないって」
「とにかく、自分のことは自分で決めたいんです」
「そういうの……ちょっと正直言って迷惑だな」
「迷惑って?」
「今、デビュー準備をしている3人は、シンも含めてだけど、本気で自分の人生かけようとしてる。人生かけてアイドルって職業を選んだの。お金持ちのお坊っちゃまが、一時の現実逃避に利用していいことじゃない」
「現実逃避?」
「家から逃げたい、親から離れたい、自由になりたい、そんな理由で来られても、飽きたり、なにか煩わしい事があったら、きっと逃げる。逃げ癖のある人はずっと逃げると思う。そういう人には振り回されたくない」
「酷いな。奏先輩は……俺のこと、そんな人間だと思っていたんですね」
ショウゴは私から視線を反らし下を向いた。
「後輩としては、頼り甲斐があって頼もしい存在だけど、一緒に仕事をすると思うと、どうなんだろうって考えちゃう。それに、アイドルになりたいなんて、今のいままで考えたこともないよね?」
ショウゴは黙ったままだ。
言い過ぎただろうか。
でもちゃんと分かってもらいたかった、遊びの延長でこられても困る。
オーディションを受けに来る他の人にも失礼だ。
年齢は関係ない、信頼関係が構築出来る人間か、向かう方向が同じかどうか。私はそれを最重要視する。
じゃなければ、チームは成り立たないと考えるから。
「わかりました。親にちゃんとサインを貰えばいいんですよね? 」
ショウゴはしっかりした口調で、正面から私を見据えた。
「だから……」
「シンさんが、オーディション受けてもいいって、言ってくれたんです」
「それはそうだけど」
「当然、俺もちゃんと人生をかけてオーディションに望みますよ」
ショウゴはずっと私の目を見たまま。
「どうして、奏先輩が俺のことを信じられないのかは分かりませんけど……これキツいな。……先輩に対してはいつも……」
ショウゴは何かいいかけて、飲み込んだみたい。
「日にち決まったら、絶対に連絡下さい」
「……わかった、連絡はする」
ショウゴのいつもと違う気迫に圧されて、思わず答えてしまった。
拗ねてへこんで怯むかと思ってたのに、予想外だった。
だけど選ぶのはシンだし、シンがショウゴを選ぶことは、ないんじゃないかって思う。
☆☆☆☆☆
そして、
非公開オーディションの日程は2週間後、7月の中旬に決まった。
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