男子のお泊まりセット
「おっと、そろそろ帰ります」
腕時計を見て、シンが立ち上がる。
リビングの無駄に大きい柱時計が、12を指している。
「もう、今さら面倒でしょ? 泊まっていけばいいじゃない」
「そうですよー、ベッド空いてますよ」
姫ちゃんが言うと、ヒナタが眠そうな顔で付け足した。
「泊まっていきたいところですが、今日はあいにく、お泊まりセットを持って来ていないので」
お泊まりセット……か、なるほどぉ。
冗談だよね?
「あるでしょ、そりゃ必要なもの。男子だって、ねぇ?」
姫ちゃんは一人言のように呟いた。
トモキがカップを片付け始めたので、私も手伝う。
「あっ、奏さんはいいですよ、シンさんのお見送りしてください」
「うん、ありがとう」
「じゃ、また。ヒナタとトモキは月曜から学校だね、頑張って」
「はい。頑張ります。おやすみなさい!!」
ペコリ、トモキが頭を下げる。
ペコリ、シンもお辞儀を返す。
ここの関係が重いように感じる。もうちょっとラフでいいのになぁ。
体育会系の上下関係が悪い意味で染み付いてる。
「シンさん、お疲れ様でした……」
ヒナタはハニタロウを抱いたまま半分寝ながら言う。
そう、ヒナタくらいの気安さで全然いい。むしろ上下関係なんかなくていい。遠慮なんか気が疲れるだけ。なんでも言い合えるけど、お互いの尊重も忘れない、みたいな感じがいい。
チームの雰囲気はファンに伝わるって思ってる。
メンバー同士の何気ない会話や態度をファンは敏感にキャッチする。
オタクと呼ばれる層の人達は無意識に安定感のあるグループを推す。
何故ならオタクが最も恐れていること、それは『脱退』や『解散』であるからだ。
「ごめん、ありがとう。今日はいろいろと遅くまで……」
外へ出ると、満月が頭上高くに移動していた。
「いろいろあったので、ゆっくり休んでください」
「うん」
「明日、また連絡しますね」
「わかった」
「あ、それから」
シンが少し歩いて立ち止まった。
そしてクルッと頭だけ振り返る。
「もし、ユウトをトレーナーにするなら、先に一人分の給料が発生しますけど……」
「あ」
そうか、練習生にはお給料払わないけど、トレーナーには払わなきゃならないか。そりゃそうだわ。
「しょうがない、必要経費……」
「では、ユウトに話してみます」
「ちなみに、年でどれくらい払えばいいかな?」
「ツアーダンサーのときは高級車が一台買えるくらい貰えたって言ってましたけど」
「えっ、それどのくらいのクラス? どの高級車? ベ○ツ? レ○サス? BM○?」
「奏さん、車詳しいんですか? 」
「お値段までは、あんまり。あとで調べようかと」
くすっと笑いながら手を振ってくる。
「それも聞いときます」
「あ、どうも」
私も小さく振り返した。
☆☆☆☆☆
「姫ちゃん、遅くまでありがとう」
リビングに戻るとキッチンの明かりは消えていて、3人はトロフィー棚の前に集まっていた。
「いいえ。明日の朝練はどうするの?」
「明日は土曜日だから6時半集合でいいかな」
「じゃあ、朝ごはんは7時半てところね」
「はい、お願いします」
「6時半! ゆっくり眠れる……少しだけど。最近すごく眠いんですよね……おやすみなさい」
「お疲れさまでした。失礼します」
トモキがペコリと頭を下げる。
「おやすみ、また明日」
☆☆☆☆☆
次の日、シンから電話があった。
ポンタさんの件で、カリンが警察に呼ばれたこと。
ポンタさんの入院している病院が、パパの病院と同じだってこと。
私はポンタさんのお見舞いへ行くことにした。私のせいでややこしくなって事件が起こったのかも、と申し訳なく思って。
パパのリハビリの様子を見守ってから、ポンタさんの病室へ向かう。
ポンタさんの部屋は大部屋で扉は開け放たれていた。
「いや、びっくりしました。まさかカリンさんが、こんなことするなんて」
「一番びっくりしたの俺よ? もう、死んだと思ったわけよ。通る人もいないし」
「電車、始発前ですもんね」
「そうなのよ、頭から血がドクドク流れてさぁ、ぐぅわーん、ぐぅわーんて、なんか鐘みたいな音がずっと聞こえてくるの」
「痛くはなかったんですか?」
「痛いって? そういう感覚がもう麻痺してたのかな? あんまり覚えてないの、もう。で、自分で電話して呼んだのよぉ、救急車」
「そうなんですか。それ、もし呼べてなかったら、死んじゃってたかもしれませんねぇ」
「ほんと、それ。死んじゃってたよねぇ!」
ハハハ、
ハハハ、
重なった二人分の笑い声が聞こえた。
「こんにちは……どうも、こんにちは……お邪魔します」
まわりの入院患者さんに挨拶をして、ポンタさんのベッドまで行く。
ポンタさんは一番奥の窓際のベッドで、見舞い客と話しているところだった。
頭にはテープが貼られ、ネットが被せてある。
「こんにちは、おかげんはどうですか?」
「あれ、代理さん」
「どうも、この度は……」
椅子に座った先客の彼が振り返った。
+++*+++*+++




