誰も心を守る方法を教えてくれない
バスケで鍛えた瞬発力だの、脚力だの、カット力だのが、今、実生活で初めて役に立ったように思う。
私の容赦ないディフェンスによって、カリンが結構な勢いで床にふっとんだ。
カリンは尻餅をつき、怯えた目で私を見上げている。
そばにアイスピックが落ちていて、私はそれを拾い上げた。
もう大丈夫だと思うけど、念のため。
「カリンさん……あなた人を傷つけたら、その何十倍も自分が傷つくって事知ってる人だよね?」
「……」
カリン下を向き何も言わない。
「ユウトを傷つけても、カリンさんがもっと苦しむだけだよ」
さっき、腕を掴まれたときに見えていた。
カリンの手首に何本もあった自傷の跡。
血の涙と悲鳴、心に閉じ込めた行き場のない感情。
いつのまにか音楽がやんで、人の声が大きくなっていた。
周りのお客さんが私達の騒動に気づき始めたらしく、遠巻きに人が集まってきた。
「ごめん、突き飛ばして」
カリンへ手を伸ばした。
パンっ、とその手を弾かれる。
カリンは自力で立ち上がり、私を睨み付ける。
「何もわかってないくせに」
ユウトがDJへ手を上げ合図を送った。
再び緩いテンポのヒップホップ音楽が流れはじめると、集まっていたお客さん達が離れていった。
「カリンさん、大丈夫?」
去ろうとするカリンの背に私は声をかけた。
何を言ったらいいのか、正直わからなかった。
誰も傷つけて欲しくないし、彼女も傷ついて欲しくない。
結局、その後に言葉は続かなかった。
同じ傷を持った先輩がいた。
傷の原因が近くにいた大人の悪罪だっていうことも私は知っていた。
だけど、その頃の私はいつも傍観者だった。
自分の未来に希望が持てなくて、他人のことなんかもっと興味がなくて。
強くもなくて、力もなくて、信用できる人もいなかった。
でも、本当は勇気がなかっただけで。
もっと早く助けてあげればよかった。出来たはずだった。あえて傍観者になることを選んでいただけなんだ。
今もそれを後悔するときがある。
「行こう」
「えっ?」
「休憩室に救急箱があるから」
ユウトが私の腕を見る。
肘から数センチ、引っかき傷のようなものが出来ていた。
血が滲んで赤い線が引かれたように見える。
「大丈夫です、このくらい」
「いいから」
ユウトが私の手首を持っていくから、仕方なく身体もついていくしかない。
「座って」
休憩室のソファに座る。
救急箱を持ってきたユウトはソファテーブルに座った。
「みせて」
「平気ですよ、こんなのはそのうち治りますって」
バスケしてたら、爪で引っかかれるとか、髪の毛掴まれて抜けるとか、よくあることで。
消毒液をかけられる。
少しピリッピリッと傷んだ。
大きな絆創膏か、傷あてパットか、ガーゼか、傷口の大きさに対してどれも微妙なサイズで、ユウトが悩んでいる。
「何もしなくていいです。傷口、乾いてるし」
「んー、じゃっ包帯まいとこうか」
と、包帯を手に持った。
「それこそ、大げさってやつ」
「ん、でも……」
「それよりポンタさん、どうかしたんですか?」
ユウト、パタンと救急箱の蓋を閉めた。
「おととい、ここの仕事あがって帰る途中に襲われたんだ。頭を殴られて入院してる」
「え、ウソ」
「二人組の男で、財布なんかは取られてないから強盗目的じゃないらしい。警察が捜査してるけど、カリンさんがやらせたんだと思う」
「私のせいかな」
「違う、俺のせい。もっと上手く対応しておかなきゃいけなかったんだ。まさかここまでするとか思わなかったから……」
「誰にもわからなかったよ……きっと」
はぁーっ、とユウトが大きなため息をついた。
「けど、なんでこんな真似したんだ? 危ないだろ?! ちょっと間違えば……」
「カリンさんを守りたかったから」
「え?」
「これ以上、傷付いて欲しくなくて」
「カリンさん、全然知らない人だよね? なのに?」
「アハハ、考えるより先に動いちゃって? 体育会系の呪い? みたいな」
「ごめん。とにかくこの件は俺のせいだから謝るよ」
ん、あれ? これはもしかして、この流れは……
私が今この状況にいるってことは、もしかして神様が導いて下さった?
「あっ、痛い……」
「え?! 痛い? どこ? 傷が?」
「うーん、なんか傷が思ったより深かったかな?」
「病院行く? 傷跡が残るかも……」
「とってくれますか? 」
「?」
「この傷の責任」
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