ヤバイやつのヤバイやつ①
AZTOKYOの前に立って、ポンタさんが来るのを待っている。
今日も紙袋に差し入れ詰めてやってきた。
シンにはああ言われたけど、ただこれを渡すだけなのに煩わせたくなくて連絡はしていない。
それにしても、もうお店がオープンしてお客さんが入りはじめているけど、ポンタさんがやって来ない。
HPを開いてみると、今日は金曜日でイベント開催日ってなっていた。
「HIPHOP&ラップバトル」
オープンが1時間早い18時か。
もしかしてもう、お店の中なのかな。
「あなた、だったんだ」
スマホの画面から顔を上げると、どこかで見たことのある人が立っていた。
誰だっけ。
私は記憶をたどる。
彼女さん、ではなくて、お友達の……
ふわふわ巻き毛の茶髪女子だ。
私服だったからすぐにわからなかった。
ピタっとした黒Tシャツ、お腹丸出しで白いタイトスカート。
厚底のサンダル。
「それ」
茶髪女子が私の小さい紙袋を凝視する。
「はい?」
「ユウトへの差し入れでしょ?」
「まぁ、そうですけど」
「預かろうか?」
なんとなく、何故か、敵対心が生まれる。
「ポンタさんを待っています」
「ポンタさん? 来ないと思うけど」
茶髪女子は下を向いて、クルクルクルと指先に髪の毛を巻きつける。
「今日はお休みですか?」
髪の束からスルーっと指を抜く。
「じゃあ、直接渡す?」
「あ、いいえ」
ポンタさんが来ないなら、怒られるし一旦帰ろうと思う。
「いいよ、おいでよ。裏から入れてあげる」
「あ」
茶髪女子に腕を掴まれ引っ張られる。
ビルの裏側へまわり、非常用の扉の前に立たされた。
茶髪女子が扉の暗証番号をスラスラと押す。
私の手首はとても強く掴まれていて痛いくらいだった。
「手を放してもらえませんか?」
「ああ、ごめんねぇ」
と言葉面だけの謝罪をする茶髪女子。
彼女は扉をあけたまま私が入るのを待っている。仕方なく中へ入ると、そこは一度来たことがある場所で、化粧室へと続く狭い廊下だった。
LXB、つまりショウゴと会った場所だ。
ヒップホップのリズムとお客さんの談笑が聞こえてくる。
「こっち」
またもや、手を掴まれたまま引っ張られる。
「ここに座ってて」
フロアの壁際にいくつかある三人掛けの丸テーブルに案内される。
「予約席」という札があるけどいいのかな。
「待ってて、ユウト呼んでくる」
そう言い残して茶髪女子は人混みに消えた。
脚の長いハイスツールに座りフロアーを一通り眺める。
ドリンクコーナーを見ると、ユウトの姿はなく違う男の人が飲み物を作っていた。
男の人は白シャツに黒いベスト姿だ。
茶髪女子がこの前、着ていたのと同じ制服。
フロアは、この間のダンスバトルの時とは、またガラッと違った客層で埋まっている。
服装、髪型、ヒップホップ好き、が全面に出ている。
個性の強い人が多くて、私は居心地の悪さを覚える。
「はい、飲み物どうぞ」
右隣に、黒色スーツ姿の見も知らない男が、突然何の前触れもなく座った。
目の前に炭酸ぽい液体の入ったグラスが雑に置かれる。グラスの縁には櫛切りのライムが刺さっていた。
お酒だよな、これ。
「1人?」
左隣にも、やっぱりまったく知らないグレースーツ姿の男が座る。
完全に挟まれ逃げ場がなくなった。
「人を待っています」
「待ち合わせ?」
黒スーツの男が身体を寄せてくる。
「まぁ」
「お姉さん綺麗だよね、スタイルいいし」
黒スーツの男、瓶に入った外国産のビールを一口飲み、前かがみで下から私の顔を覗く。
「モデルさんとかやってる?」
「いいえ」
「そうなんだ、絶対どっかに所属してると思ったんだけど、ダメ元で声かけてラッキーだな」
グイっとまた身体を寄せてくる。
もう、ほぼ腕はくっついている。
「僕はこういう者なんだけど、もしかして芸能界とか興味ない?」
グレースーツの方が、テーブルに名刺を滑らせてきた。
「君だったらすぐに映画とかドラマとかに出られると思うよ」
同業者? 名刺には「マシュマロプランニング企画」と記されていて、住所は麻布のタワーマンションになっている。
「あの、すみませんちょっと、どいてもらえますか?」
まっとうなスカウトなら、こんな場所でこんなふうに声はかけない。
「えっ、どこ行くの?」
黒もグレーも、まったくどこうとしない。
「おごりだよ? 飲んでからいきなよ」
「お酒は飲めないんで」
「えっ、お酒? 違うよ、アルコールは入ってないよ」
黒いやつが私の肩に腕をまわしてきた。
気持ち悪い。
……殴っていいかな。
でも、変に騒いでお店に迷惑かかるの嫌だな。
「飲めばどいてもらえますか?」
とにかく、この気持ちの悪い人たちから離れたい。
「ん? ああ、飲んで飲んで!」
飲んで終わるなら……一口だけ。
私はグラスに手をかけた。
「すみません、お客様」
グラスの上を覆うように誰かの手がのった。
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