高級車で護送。
私とトモキが近所を一周して宿舎のエントランス前で待っていると、暫く経ってからヒナタが戻ってきた。
ペタペタと重い足取りで。
時計を見ると、スタートから20分経っている。
歩いてたのかな?!
「ぺっ、ペースがーーーはぁー」
ヒナタは膝に手を当て腰を折りながら、ぜーぜーと息をしている。
ちゃんと走ってきたらしい。
「お、鬼はやい……から、二人とも」
「早くないよー、全然ゆっくり走ったよ」
「見失わないように、必死で……迷子になっちゃうから……」
そうか、この子達はまだご近所を知らないんだった。
あやうくヒナタを迷子にさせるところだったか、危ないあぶない。
「ところでトモキは、何か部活やってた?」
「中学まで野球をやってました」
「なんだ、そうか。どうりで走れるはずだ。高校ではやらなかったんだね」
「やりたかったですけど……まぁ、そんな場合じゃなかったというか」
そうだった。
トモキの家の事情……その頃からもう大変だったのか。
「奏さんは、どうして辞めたんですか?バスケ」
「ああ、それは……話せばちょっと長いから」
「まぁ、……誰にでも挫折っていうか、思いもよらない出来事ってありますよね」
「んー、でも辞めたことは私にとっては挫折ではないし、後悔もしてない」
それだけは言える。
「凄いな、そんなふうに言えるのは」
トモキが小さく呟いた。
「ヒナタ、あなたはボーカルなんだから、10キロくらい涼しい顔で走れないと」
ヒナタ、壁に背中をあずけてぐったりとしている。
「へっ?! じっ、じゅっきろって、死んじゃいます、僕は」
「トモキも、ラッパーは口パク出来ないから、大変だよ」
「わかりました、10キロですね。とりあえず何分で走ればいいですか?!」
超真面目かっ、聖人か!
「……ダンスしながら歌えるようになるのが目的で、速さじゃないから、部活でもないし」
「そっか、そうですね」
トモキはへへっと笑って、肩をすくめた。
朝練を終えてから、ご飯を食べて学校へ行く。
久しぶりに走ったからか少し怠いかも。
学校の近くを歩いていると、朝からテンションのバカ高い声に当てられる。
「奏センパーイ!!」
嫌々声のした方へ振り返る。ショウゴが黒い高級車の後部座席から降りてくるところだった。
うちの学校、送迎付きで登校する人は幼稚部の頃から一定数はいる。
ショウゴは後ろから私を追い越して、そして少し前で立ち止まり私を待っている。
「おはようございます」
「おはよ、送迎? バイク通学がバレた?」
ショウゴが時々バイクでやってきて、大学の駐車場に停めているのを知っている。
バイク通学はもちろん禁止。
「あー、それは大丈夫なんですけど」
「けど?」
「予備校抜けてダンスバトルに行ったのがバレました。おかげで、ひと月外出禁止ですよ」
「ああ、なるほど……でも、それはしょうがないか、予備校は行かなきゃ」
「言ってるんですよ、俺に予備校なんか行かせたって、金の無駄だって」
「本人が言うなら、そうなのかもねぇ」
「でしょう? やれば出来る子だと思われてるらしくて、そうじゃなくて、やっても出来ない子なのに。この苦痛がわかりますか? ああ……おかげで来週のバトルに出られないっ」
「うーん、たぶんわかんない。まぁ、親の言うことは、表向きでもちゃんと聞かないとさ、そうやって首しめるだけっていうか」
「表向きにはちゃんとやってたんですけどね」
「あまかったね」
「うちの親、ちょっと愛情がバグってるっていうか、兄貴がおかしくなってから俺にばっか圧かけてくるから、ほんと、ウザイ」
今なんかサラっと、「兄貴がおかしくなってから」とかって言ってた?
……いいか、スルーしとこ。
「いいじゃん、雨も多いし送迎の方が楽だよ」
「……なるほどそうか。じゃあこうしましょう、奏先輩の家にも寄るので、一緒に通うってのはどうですか?」
「ありがとう。いいや、それは」
「えー、いい考えだと思ったのに」
ショウゴ、口を尖らせブツブツ言ってる。
「学校の中だけなんです、自由なの」
ブツブツの後にポソリと言うのが聞こえた。
「外出禁止が解けるまでは、大人しくしてないと」
「そうなんですけどね」
話しているうちに、高校の昇降口へとやってきた。
うちの学校は上履きとかないのでそのまま入ってしまっていいんだけども。
「二年生はあっちでしょ?」
「三年生をまわってから行きます」
ショウゴは言った通り、階段をあがり三年生の教室まで付いてきた。
「じゃあね」
「はい、また後で」
人懐っこい笑みを浮かべ手を振っている。
私が教室へ入ると、ショウゴは二年生の教室へ、と向かった……はず。
実は、あの子が校舎の裏とか、体育館の裏の方とかでサボっているの何度か見かけたことがあった。
なんとなくだけど、今日もサボるんじゃないか、そんな感じがする。
不自由の象徴みたいな学校が、唯一自由な場所だって言うの、私にも少しわかる気がした。
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