朝練はじめます!
「ヒナタは動物の扱いが上手いんだね」
トモキは感心したようにヒナタを褒めた。
「いい子ですね、ハニたん」
ハニタロウはすっかりヒナタに気を許したのか、床に寝そべって撫でられている。
「ええと、そうだ。大事なことを言うの忘れてた」
まだ来たばっかりで早いかと思ったけど。
「大事なこと?」
トモキがいつのまにかテーブルの上を片付け始めている。
自分の分、ヒナタの分、そして私の食器まで運んでいく。
「あっ、ありがとう」
最後にテーブルをアルコールで拭く、までしてくれた。
「明日は5時半に中庭へ集合してほしい」
「5時半……はっ、はやいですねっ」
ヒナタの大きな声にハニタロウがビクッと起き上がる。
「そう、なぜならそれは走るからでーす! ジャジャン」
「走るんですかぁー!!」
ヒナタが悲壮な顔で私を見てくる。
想像通りの善きリアクションで満足。
食後に、三人で食器を洗った。
といっても、食洗機に入れるだけなんだけど。
正直、これまで私は一度もそんな事をしたことがなかったので、姫ちゃんにからかわれた。
「やだ、助かるわ。誰かさんはこんなお手伝いしてくれたことないからね」
「……これからは出来るだけやるようにする」
「やだ信じられない、人って変わるものね」
ピロピロピロリーン♪
ピロピロピロリーン♪
ダイニングテーブルの上で私のスマホが鳴っている。
「成長って言ってもらえますか?」
私はダイニイングに戻ってスマホをとった。
着信画面にナル神の文字。
「もしもし」
「奏さん、今大丈夫ですか?」
「うん、ヒナタとトモキとご飯食べ終わったところ」
「すみません、今日はそちらに行けなくて」
「ん、大丈夫。大学の課題と出席優先で」
「ありがとうございます」
「で、何かあった?」
「あっ、そうなんです。ユウトから伝言があって、もう差し入れしないでくれって」
「あっ、とうとうクレーム来ちゃったか」
「あー、クレームって感じじゃなくて、なんか心配してましたね」
「心配? 何を?」
「もちろん、奏さんのことでしょう」
「私の何を?」
「なんか、最近周りが物騒だからって言ってましたけど」
「物騒?」
「ですから、会いに行くのは控えて下さい」
「会いに行ってないよ、ただ差し入れ預けてただけ」
今日はたまたま予期せずに会っちゃったわけで。
「いいから」
「はーい、わかったわかった」
「なんか、軽くないですか? いいですか、行っちゃダメですからね、行くときは僕に言って下さい。一緒に行くんで」
「うん、連絡する」
「そうして下さい」
「じゃあ、おやすみ!」
「シンさんですか?」
電話を切った所でトモキが聞いてきた。
「うん」
「シンさんは、いつこっちに来るんですか?」
「大学が夏休みになってからかな。今は試験前だから忙しいみたい」
「そうなんですね」
少し残念そうな顔をする。
「あっ、そうだ。学校は来週から行けるからって、ヒナタは?」
「あっちです」
ヒナタはリビングのソファにハニタロウと一緒に座っていた。
「ありがとうございます。制服も用意して頂いて」
トモキが深々と二人分のお辞儀をする。
新しい高校はここから近い芸能クラスのある学校で、高校の1年生と2年生にそれぞれ転入する。
芸能コースは芸能活動や仕事も単位として認めて貰えるので融通が利いて有難い。
「ちょっと、今までの学校とは雰囲気が違うかもだけど、歩いて行ける距離だしね」
☆☆☆☆☆
次の日の朝、小鳥の囀ずりがにぎやかな中庭で、私達は準備運動をしている。
眠そうにやってきた二人は、まだぼんやりして半分夢の中みたい。
「どう、初めての夜は良く眠れた?」
「うーん。寝られたような寝てないような……」
トモキは目をぱちくりさせた。
「トモキ君は、結局僕の部屋に来たんですよ」
ヒナタがドヤ顔でバラすと、トモキはバツが悪そうに頭をかいた。
「……ええと、なんか静かすぎて……人の気配が欲しかったというか」
「僕も寂しかったんで、ちょうど良かったです」
「えっ、……そうなんだ」
「トモキ君が来てくれなかったら、僕が行ってたかも」
ニコッと笑って両手を天に向け伸ばす。
まぁ、そうだよね。
旅行でもないし、突然生活環境が変わったわけだし家族と離れたら不安だし寂しいよね。
とくにトモキは今までバタバタと誰かのために動いていた人だから。
「じゃあ、行こうか。今日は初日なんで軽く3キロってとこで」
「え、3キロも?!」
「たったの3キロだよ?」
ヒナタが悲痛な顔でうめく。
「ゆっくり行くからさぁー」
+++*+++*+++*




