宿舎のアイドルはハニタロウ
ん、なんだ? この二人の反応は。
ひとりのごはんて寂しいの? 何が寂しいの?
「ええと、僕はおじいちゃん、おばあちゃんと食べてから、お母さんとも食べてました」
ヒナタの前のお皿は、もう空に近い。
「だから、そんなに……」
太ったんだな。皆までは言わない。
「どっちのごはんも美味しくて。おばちゃんのも、お母さんのも……あっ、姫ちゃんのご飯、凄く美味しいです!!」
ヒナタはキッチンにいる姫ちゃんに向かって大声で言った。
うっさ。
そもそも地声大きいんだからさ、調節して。
「僕は、妹と弟に食べさせなきゃいけなかったんで……こんなに何もかもしてくれて、ゆっくり味わって食べられるのが、なんていうか」
トモキは言葉を探しているみたい。
「特別すぎてびっくりです」
ヒナタがトモキの代わりに答えた。
「ヒナタ、それはどういう意味?」
「僕、誰かに……うーん、家族以外の人って意味では、こんなに「大切な人」みたいに扱われるの初めてで驚いてます。夢なら覚めないでほしいなぁーって思います」
「そうですね、そういう感じかもしれないです……ここでは自分のことだけでいいから」
「お母さんや、兄妹のことが心配?」
「あ、まぁそうですね。いつも頭にはあるし。でも、これからはデビューすることに集中します」
「最終的に、うちを選んでくれた理由って何かあった?」
「それは、シンさんと山口さんの人間的な信頼度といいますか……本当に何度も足を運んでくれて、遠いのに」
シンと山口さんが何度かトモキの家に行ってくれていたのは知ってる。
「でも、結局は母が……背中を押してくれました。こっちのことは心配しなくていいから、やりたいことをやっていいんだから、って」
そうだったのか。
お母さんが、応援してくれたのなら心強いね。
「トモキ君て何人兄妹ですか?」
トモキ君、年上を君呼びでいいのか?
「弟と妹の三人です」
「うわぁ、賑やかでいいね。僕はひとりっこだから」
「ぽいよね」
トモキが納得というように頷く。
「そうですか、ぽいですか……」
「なんか、あんまり壁がないというか、のんびりしているというか……」
「じゃあ、私もそう見えるのかな?」
私もひとりっこだ。
「奏さんも兄妹いないんですか? 隙がなくてしっかりしていて長女という感じがしました」
「それは褒めてもらっている?」
「はい」
「それで、呼び方なんだけど、私は二人のこと呼び捨てでもいい?」
「どうぞヒナタって呼んでください」
「いいですよ、僕もトモキで」
「おっけ。じゃあ、これからはヒナタとトモキで、私のことは……」
トモキは箸を置いて私を見る。
「奏さんて呼びます」
にこっ、と笑って軽く頭を下げた。
「僕も、代々って呼ぶのはなんかあれなんで」
「あれって、なに……」
「いや、あれはあれで……」
トモキはしどろもどろになって下を向く。
「待って?!」
ヒナタが急に椅子から立ち上がった。
「おいで……」
そして突然しゃがんだので、テーブルの下に隠れて見えなくなった。
「はじめまして……お世話になります。おいでぇ」
テーブルの下を覗くと、いつのまにかハニタロウがテーブルの下に座っていた。
「わっ、超モフモフ」
下を覗いたトモキもすぐに椅子から下りてしゃがんだ。
「あっ、ごめん。言うの忘れてた。ハニタロウのこと。犬は大丈夫?」
座ったままのハニタロウは二人を交互に見て、様子を伺っているみたい。
「おいで、ハニタロウ!」
ヒナタはずっと手を出して呼んでいるけど、ハニタロウは動かない。
「ポニですか?」
トモキも手を差し出し始めた。
「うん」
「何歳ですか?」
ヒナタに歳を聞かれ戸惑う。
正直知らない。
「さぁ……実は1年くらい前にパパが連れてきたんだよね。だから、歳とかはちょっとわかんないんだ……でも、人見知りなのは確か」
「ハニタロウって名前は奏さんが?」
ヒナタは膝をついて姿勢を低くして、ゆっくりハニタロウへ近づいていく。
「うん、ハチミツ色だからハニーで男の子だからタロウ」
「なんか、あんまり気に入ってないみたい」
ヒナタ最早、床に腹這いでいる。
「ハニー、ハニタン」
指先をハニタロウの鼻先に持っていった。
「えっ、そうなの? ハニタロウって名前が嫌なの?」
知らんかった。
名前が気にくわなくて懐かないなんてことあるんだ?!
ハニタロウはヒナタの指先の匂いを嗅いでいる。
「ヒナタです、よろしくね……」
ペロリ、ハニタロウがヒナタの指先を舐めた。
「いいこだね、よしよし」
ヒナタはハニタロウの顎をコチョコチョと撫でている。
うっそー。
私が初めましてのときには、歯を剥き出して吠えまくってたじゃん。
ハニタロウってば。
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