波多野トモキとウッキーと
玄関モニターを見ると、片手にスマホ、もう片方の手でサルのぬいぐるみを掴んでいるトモキが立っていた。
トモキの荷物はスーツケースひとつと背中に背負ったデイパック、それに長い手足と尻尾のついたおサルのぬいぐるみ、それだけだった。
サルが黒いボタンの目で私をじっと見る。
トモキはヒナタと同じように、玄関ホールを見上げてぽかんとしている。
「いらっしゃい」
「あ、すみません。お世話になります」
私とヒナタで出迎える。
「こちら、斎藤ヒナタさん」
「斎藤ヒナタです、16歳高校1年生です! よろしくお願いします」
ペコリ。
「よろしくお願いします」
「で、こちらは波多野トモキさん」
「波多野トモキです。高2の17歳です。よろしくお願いします」
ペコリ。
「こちらこそ、お願いします」
「お願いします」
二人でお辞儀をし合うこと3往復くらい。
「どうも」
「どうも」
4往復しそうなところで声をかけた。
「じゃあ、お部屋の方へ」
私はトモキを2階の部屋へ連れていった。
ヒナタが後からニコニコしながらついて来る。
「どっちの部屋でもいいんだけど」
ヒナタの部屋には2段ベッドがひとつ。
もう片方の部屋には2段ベッドがひとつと、シングルベッドが置いてある。
人が多い分シングルベッドの置いてある部屋の方が広めの作りになっている。
「じゃあ、こっちで」
トモキは広い部屋を選んで入っていった。
「こっちを使っていいんですかね?」
トモキがシングルベットを指差して私に尋ねた。
「もちろん」
トンとベッドに浅く腰をかけ、手でスプリングの具合を確かめている。
「凄いな、ベッドで寝るなんて初めてだ。でも落っこちるかな? 二段ベッドの上も面白そう……」
「まだ他のメンバー来ないし、どっちも試して見ればいいと思う」
「いいんですか?」
「いいよ」
「じゃあ、そうさせて頂きます」
ベッド上で長い手足を放り出し寝ているサルがまた私を見ている。
「このおサル、手作りですか?」
ヒナタがいつのまにかベッドの端に座っていて、サルのぬいぐるみを指さした。
「あ、これは……ウッキーです。リサ、妹に持たされて。一人だと寂しいだろうって、俺はべつにぬいぐるみとか、そういうのはいらないんですけど」
なるほど、なんかずっと視線を感じると思っていたけど、あの妹ちゃんの目に似てるのか。生き霊か。
「あと、19時には夕ご飯で、その時に紹介したい人がいるんだけど、私ちょっと用事があって遅れちゃうかもしれない」
「わかりました」
ヒナタも頷く。
「ひとまず荷物をほどいてゆっくりして。もし暇なら宿舎の中をヒナタに案内してもらってもいいし」
「ありがとうございます」
「じゃあ、よろしく。また、夕飯のときに」
私はチラッとスマホを見る。
あっ、ちょっと急がなきゃな。
あれから平日は毎日、AZTOKYOに差し入れを届けていた。
直接ユウトとは顔は会わさないで、ポンタさんに預けている。
高たんぱく質のお菓子や軽食、飲み物なんかを紙袋に入れて家を出た。
店の前でポンタさんが来るのを待ち伏せしていると、背後から声をかけられた。
「おい」
なんと、ユウトご本人様であった。
「あ」
「あ、じゃねぇよ」
「う」
「う、でもねぇ」
「おはようございます」
ペコリ。
業界では、いつ会っても「おはようございます」である。
「どういうつもりだ?」
黒ハットの下からギロっと鋭く睨まれる。
こっわっ!
なんか、猫っていうか、トラっていうか、こういう素で怒った顔はワニなんだよなぁ。
「どっ、どういうつもりもこういうつもりもありませんて、あ、あなたのファンなだけです! 純粋にこれは差し入れで、不純な気持ちも動機もそんなものは微塵もないんで、ご安心を! では!! これにて!!」
「これにて……って」
紙袋をユウトのお腹に押し付け逃げるように去る。
私は超高速で走った。ワンブロック走って角を曲ってからとまる。
角からちょっぴり顔を出して、店の前を伺うと、ユウトが紙袋を抱いたまま
こっちを見ている。
ひっ、見ている……。
圧がビームのように飛んできている、気がする。
でも、追いかけてくる気配はなさそう。ああ、びっくりした。口から心臓飛び出るわっ。
まぁ、そんな事があったけれど、19時前には家に戻れた。
ダイニングテーブルにはハンバーグとポテトサラダ、パンとコーンスープがセッティングされていた。果物はパイナップルとキウィ。
「こちら、家政婦の姫川良子さん。うちに長くいてくれる人で、食事の面倒やお掃除をしてくれます」
ヒナタとトモキ、同時に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「よろしくね。姫ちゃんて呼んでね。お掃除でお部屋に立ち入りますってことと、あと、洗濯は地下に洗濯乾燥機があるので各自でお願いしますね」
姫ちゃんの年齢は非公開なんだけど、多分50歳半ばくらい、ショートカットが似合うとても明るくて気さくな人。
「ええと、トモキ君とヒナタ君ね。さっ座って食べてちょうだい、冷めないうちにね」
私の向かいにヒナタ、その隣にトモキが座る。
「いただきます」
「どうぞ、ゆっくり召し上がれ」
ヒナタが箸を持って少し悩んでいる。
「あっ、ヒナタ君の食事メニューは、ダイエット用にカロリー計算してるから、安心して食べてね」
「え、本当ですか? 」
「姫ちゃんは管理栄養士の資格を持っているからね、任せて大丈夫」
ヒナタは嬉々としてハンバーグにかぶりついた。
「おいひぃです!!」
「奏ちゃん、これからは賑やかでいいわね。いつも独りだったもんね、ごはん」
お味噌汁を運んできた姫ちゃんが、嬉しそうな顔で言った。
「ひとりで? こんな広いテーブルに?!」
トモキの大きな目がさらに丸くなった。
「ここでは食べてないんだ。自分の部屋で食べてる」
「そうなんですか?! それは寂しいですよね!!」
「寂しい? ご飯食べるだけなんだから、寂しいも何もないでしょ」
ヒナタとトモキは、同時に箸を止め、
驚いたように私を見た。
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