集められた星の素(もと) / 斉藤ヒナタとルームツアー
「うっわー!! (ワーワーワー)」
ヒナタのよく通る大きな声が、玄関ホールに反響する。
6月の下旬、ヒナタがうちへやって来た。
「大きな家ですね! 凄い、キラキラしてる……」
吹き抜けのホールを見上げ、ぶら下がっている照明に驚いているみたい。
「どうぞ」
「おじゃまします」
廊下を歩きリビングへ案内する。
「ホテルみたいだ……」
ヒナタは大きくて古めかしい黒いリュックを背負ったまま、リビングを回遊した。ポケットのファスナーには赤い御守りがぶら下がっている。
「うわー、お酒がいっぱいありますね」
バーカウンターの棚にある酒瓶を見る。
「あー、トロフィーも」
壁面につくりつけたトロフィーの棚を右から順にゆっくり見ていく。
「ええ! ちょっと待ってください!!」
とととっ、と走ってグランドピアノの前に立つ。
「すごい……初めて見ました……白いグランドピアノなんて、本当に実在するんですねぇ」
グランドピアノをゆっくり眺めて一周。
「これ……弾いてもいいんですか?」
「ピアノやってるの?」
「自己流ですけど。……凄いなぁ、どんな音なんだろう……」
「誰も使わないから自由にどうぞ。調律だけはちゃんとしてあるから」
「ほんとですか?! うわぁっ! ありがとうございます!」
「1階はこのリビングと、隣にダイニング、その奥がキッチンで」
ヒナタは名残惜しそうにピアノから目を離してダイニングへ入る。
「ここも、何人座れますか? いち、にい、さん、……12人?!」
「昔はここが事務所兼自宅だったからね、どこも大人数用に設計されてるの」
「ここが事務所だったんですか?」
「始めはね、手狭になって青山のビルに移ったの、契約の時に来てもらった方」
ヒナタはウンウンと大きく頷く。
「うわっ!! 冷蔵庫も巨大!!」
何故か両手を広げて大きさを確かめている。だいたい両手を広げたくらいの業務用。
「飲み物とか、軽食とか自由に食べて……まぁ、その話しは後でするとして」
ヒナタは、ひと月前に会ったときよりもずっと痩せていた。
とはいえ、まだ食事の調整とトレーニングは続ける必要がありそう。
約束通りダイエットして、眼鏡もしてなかったということに感動している。
だって「やる」と言うだけの人は多くて、実際に、ちゃんと出来る人は少ないんだ。
「で、こっちがパウダールームと浴室」
「パウダールーム?! なんですかそれは」
「ちょっと広めの洗面所みたいなもので、シャワーだけなら、2階にもあるから交代で……」
あれ、いない。
振り返るとヒナタの姿が消えている。
「温泉ですか?!」
浴室の中から声が聞こえた。
覗くと、ヒナタは浴槽の縁に立って、また両手を広げて大きさを測っている。
「温泉? さすがにそんなことはないよ、普通の水道水」
「ほんとにこんな素敵な所に住んでいいんですか? 僕が……信じられないな」
「さっ、部屋に行くよ」
「部屋、そうですね」
階段を上がって2階へ行く。
「あっ、そうだ。地下に防音の練習スタジオとレコーディング室があるから」
「スタジオにレコーディング室……」
「ここと、隣がメンバーの部屋なんだけど、とりあえず右の方へ荷物入れて置いた」
2段ベッドがひとつと小さなソファーとテーブル、今はまだガランとした部屋だ。
部屋の隅に、ヒナタが送ってきた段ボール箱4つと、スーツケースが置いてある。
両開きの吐き出し窓の向こうはふた部屋共通のバルコニーで、部屋も共通のウォークインクローゼットで往来が出来る作りだった。
すーっと風が吹き込みレースのカーテンが揺れている。
いつのまにか、ヒナタが窓を開けてバルコニーへ出たみたい。
「中庭がある!!」
うちはコンクリートの外壁4面が高くそびえていて外からは隔絶されてるんだけど、中央にバスケットコート反面と花壇なんかがある。
住んでる人間は中庭を見て生活するように出来ているから意外に解放感はある。
「バスケが出来るんですね、奏さんバスケするんですか?」
「昔ね」
もう、ボールを持たなくなってどれくらい経っただろう。1年くらいかな。
「広い! 夏はここで寝れますね」
また両手を広げて測量。
「外で寝るの?」
「はい。僕、冷房が苦手で。よく縁側で寝てました。蚊に刺されないように気を付けないといけないんですけど」
「縁側……そうなんだ」
外で寝る発想はなかったな。
「ん、でも東京の夜は暑いと思うから、部屋で寝よう」
「そうですか、そうですよね。僕は今、東京にいるんですもんね! 信じられないな……」
ヒナタは喜びを噛み締めるように空を見上げた。
「ええと向かい側が、父と私の居住スペース、玄関が違ってて中庭で繋がってる」
私は中庭を挟んだ正面の部屋を差す。
「いわばこっちが事務所とゲストルームで向かい側の一部がプライベートルーム的なやつ」
「さすが、世界的オペラ歌手の桑山レイコと、日本を代表する作曲家、桑山コウスケの家ですね」
ヒナタはバルコニーの手摺を握り大きく息を吸いこみ、フーっと吐いた。
「奏さん、僕頑張ります! もう情けない自分には戻りたくないから」
艶々の黒い癖っけをフワフワと風に揺らせながら、ヒナタはそう宣言した。
そこで玄関チャイムが鳴る。
「あ、来たかな」
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