ヤバいダンサー
「私服で来てくださいね」
シンからのメール、待ち合わせ場所と時間の下に、これが一言添えてあった。
私服……わざわざ指定しているということは、制服では来るなよ、という意味だよね。
それで、私は学校から一度家に戻り、白シャツにブラックのデニムに着替えてまた家を出た。私服はシンプルで楽な格好が好きだし、髪型も手がかからないって理由でずっとショートボブ。
約束の駅に着いてもシンの姿はなかった。駅構内の時計を見ると、約束の時間より少し早いみたい。
改札を出て待っていると、次の電車が到着したのか、大勢の人々が改札めがけてやってきた。
金曜の夕方ということもあってか、駅前で待ち合わせをする人も多く、混雑している。
人混みはあんまり得意じゃないんだけど、早く来ないかな。そう思っていると人の波のなかにシンの姿を見つけた。
黒シャツにダボッとしたジーパン姿で、ジーパンには穴が複数箇所あいているのでとても涼しそうだ。黒のバケハを目深にかぶっているので顔の半分は見えない。バケハが大きいのかシンの頭が小さいのか。そして相変わらずの鬼スタイルで、頭ひとつ抜けているから人混みの中でもすぐに見つかる。
「すみません、待たせましたかね」
「そんなに待ってないから大丈夫」
「そうですか、じゃ、行きましょう」
と言うなりシンはさっさと歩いていく。どこに行くのかも何も言わないって、なに?
「少し情報の開示をお願い出来ませんかね?」
シンの後を追いながら尋ねる。
「そうですね」
シンが歩みを緩めて私を振り返った。
「でも……先入観を持たないで会って欲しいんですよね」
「先入観??」
5分くらい繁華街を歩き、とあるビルの前でシンが立ち止まった。
「ここです」
見上げると歯医者さんや美容室の看板が目にはいる。どうやら雑居ビルのようだ。左側に地下へ下りる階段があって、シンはそこを下りていく。
階段を下りると通路の正面に両開きの自動扉があり、黒い扉には金色の文字で大きく「AZTOKYO」というロゴが。
扉から入り通路を歩いていくと、また黒い鉄扉にぶつかった。扉の片側が開いていて、シンはそこから勝手に入っていく。
私も後に続く。
フロアのなかは広くてバスケットのコート1面分くらいはありそう。
天井には剥き出しの配管とミラーボール、ここはいわゆるクラブといわれるところだろうか?
フロアの照明は消えていて全体的に薄暗い。
そのフロアで1ヶ所だけぼんやりと光を放っている場所があった。
シンがそこへ向かっていくので必然的に私もそれに続く。
なんだか、光に集まる虫みたい、なんて自分で思う。
青白く光っていたのはガラス張りの大きな冷蔵庫だった。
外国のカラフルなビールや瓶が綺麗に並んでいて、パイナップルとかオレンジが入った箱もしまってある。
その青白い光の前に黒いカウンターが伸びていて、その中に人がいる。
その人は暗がりでもわかる鮮やかなオレンジ色のパーカーを着ていて、フードを被っていて顔は見えない。
シャープな顎のラインが綺麗だ。
カウンターの上には、ずらりとグラスが並んでいて、彼はそれをひとつひとつ磨いているようだ。
背は高くて、シンと同じかやや低いくらい。
フードの下、白っぽい前髪が見える。
綺麗なプラチナブロンド。
「ユウト」
シンが声をかけると、彼は手を止めて顔を上げた。
「あれ、やけに早いじゃん……」
と、私に気付き首を傾ける。
両耳にピアス、軟骨にもいくつか刺さっている。
一重のすっきりとした目の下に涙袋があって、そのせいか目元は大きくみえる。
なにより顔がとても小さい。もしかして、シンより小さい?
そして、目付きが……とても鋭かった。
三白眼でイカツくて怖い。
街中であったら、多くの人はたぶん目を合わせない類の人だろう。
「こちら、奏さん」
「桑山奏です」
「俺の事務所の社長代理さん」
私は名刺を差し出すが、まったく受けとる様子がないので、仕方なくカウンターの上に置いた。
「社長代理?」
彼は磨き終わったグラスを置いて、次は私を磨くのかってほどじっと見てくる。
「彼は南ユウト、高校の同級生です」
「同級生……お友達?」
「はい」
とても二人が友達とは思えないんですが、タイプが違い過ぎて……。
一人は学校で人気者の爽やかイケメン、もう一人は誰もが恐れる喧嘩上等の先輩、という感じなんだよね。
「ちょっと話しがあって、店が開店する前に来た」
「なんか飲む? ビール?」
「いえ、高校生なんで。どうぞお気遣いなく」
「高校生?」
ユウトが訝しげに私を睨む。
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