高校生ラッパー④
「お金が必要?」
あんまりにもストレートに聞かれたからか、トモキは大きな目をさらに大きく見開き、シンを凝視している。
「何かあるなら言ってみて、僕らが一緒に考えられることもあると思うから」
トモキは麦茶をひと口飲んで、何度か瞬きをする。やがて下を向き小さく息を吐いた。
「実は、弟が病気なんです。今、入院していて、俺もバイトしてるんですけど、いろいろと生活が追い付かなくて」
トモキは唇を噛み無理に口角を上げる。
「他の事務所は大抵、デビューの確約とかはしてくれないし、あてもないのにレッスンやオーディションのために東京まで行くのは出来ないんです」
……そんな事情があったのか。
「そうだよね、それは大変だと思う」
シンが相づちを交えながら答える。
「あの動画は弟がネットにアップしました。病院の先生が古いパソコンをくれたんで、俺がそこにメールとか、写真とか、動画とかを送ってるんです。俺は学校とバイトであんまり行ってやれないから。あいつそれを楽しみにしてて、先生にやり方教えて貰って勝手にアップしたんですよね」
「弟さん、何歳なの?」
「小三だよ」
折り紙を折っていたリサがトモキの代わりに答えた。
「君のリリック、ワードのチョイスが他の人とは違っていて、尖ってるんだけど、なんか癒されるというか。そんなふうに思ったんだ……。そうか、弟さんに向けての歌詞、それで刺さるのか。リアルだから」
シンが、テレビの横に飾ってある家族写真を見ながら言った。
トモキとリサの間にパジャマ姿の少年が一緒に写っている。
「治療がキツいはずなのにいつも我慢するから、少しでも気が紛れればいいなと思って」
「トモキ、テレビに出る?」
リサがシンの顔を見上げ尋ねた。
「お兄ちゃんの歌好き?」
「うん、大好き!!あのね、リサが寝るときにママがいないときあるの、リサ寂しくなっちゃうの。でも、トモキが歌ってくれるといつの間にか寝ちゃってすぐ朝なの!凄いでしょ?だから魔法みたいだよ」
「そうか、優しいお兄ちゃんだね」
「やめてください、そういう意図ではないんです。早く寝かせたいだけで」
トモキはそう言って曖昧に笑う。
なんだろう……この感じ……。
急に胸が詰まって息苦しくなってきた。
この場にいるのが辛いような、いたたまれないような。
「あの、よく考えて返事下さい、くれなくてもいいですけど……」
私は席を立った。
不思議そうな顔で私を見上げるシン。
「もう行こう」
駄目だ、これ以上ここにいられない。
この空気に耐えられない。
「奏さん?!」
私は団地の重い鉄扉を押し開け外へ出た。
階段をいっきに駆け下り、地上階へ飛び出す。
少し歩くと息苦しくて、近くのベンチに助けを求めた。
少ししてシンが下りてきた。
「奏さん?大丈夫ですか? 」
「だいじょうぶ、ちょっと休めば」
暑いはずなのに、悪寒がする。
汗が首筋から背中の方へ流れていった。
「なにか冷たい物、買ってきます。ここにいて」
「うん」
……私、悪いやつだ。
ヒナタに詐欺って言われたけど、
本当に詐欺師だ。
私は自分のことしか考えてない。
パパに認められること、褒めてもらうこと、そんなことしか考えてないんだよ。
そんな人間が
約束なんか出来る?
テレビに出られるか?
そんなのわかんないよ。
責任持てない、
あの家族の未来を
めちゃくちゃに壊しそうで
……怖いよ。
私には何も出来ない。
なんの力もない。
「少し冷やしてみて」
シンが戻ってきて、ペットボトルを私の首筋に当てた。冷たくて気持ちがいい。
「熱中症かな……気持ちが悪いとか? 頭が痛いとか?」
「トモキは諦めよう」
シンが不思議そうな顔で私の隣に座った。
「……どうして? 彼はビジュアルもいいし、ラップのスキルも高いです、個性も際立ってる。ああいうかわいい感じの子がいても、いいと思いますけど」
「そんな凄い子なら、うちじゃなくても……いろんなとこから話が来てるみたいだし」
「急にそんな弱気になって、本当にどうしたんですか??」
「……」
「まぁ、実際、難しいかもしれないですね。シングル家庭で、彼も一家の生活を多少でも支えているんだとすれば、当然反対されるでしょうから」
「……反対される??」
なんでよ、子供がやりたいって言ったら応援するのが親じゃないの?
「むしろ、学校を辞めて働かなきゃいけない状況にあるかもしれないです」
働く?? 私には想像も出来ないや。
退屈だと文句を言いながらも、毎日学校行って暇潰して、良い子ごっこしていた方がラクだし。
バイトして自分の欲しいもの買うぐらいならわかる、なんで妹の面倒みて、生活費も稼がなきゃならないの?
そんなの親の仕事じゃん。
「何年生だっけ?」
「2年生かな、17歳」
世の中の17、8歳って、もっと人生キラキラ楽しく生きてるんもんだと思ってた……私の世界がモノクロなだけで。
「誰もが平等に『金の匙』を持って生まれるわけじゃないですからね」
「金の匙?」
「経済的に裕福で家族仲が良くて容姿にも恵まれていて、そんな、生まれた時からなんでも用意されている人」
「ふうん」
「何を幸せとするかは人それぞれ価値観が違うので比べられない……お金より大切なものはあるよ。なんてよく聞くんですが、そんな綺麗ごと、僕は信じちゃいないですね」
そうか、シンだってややこしく上手くいかない人生を歩んで、ここにいるんだった。
「奏さんの金の匙、今はそれにのっかってます」
私が金の匙を持っている人?
そうだな、確かに恵まれている環境だったのかも……ママが死んじゃうまでは。
「今は、借金5億の人だよ」
全てを失くす一歩手前ですよ。
「そうでしたね」
友達と楽しそうに歩いていたトモキを思い出す。友達が「トモキを落とすのは難しい」と言っていたのは、こういう彼の事情を知っていたからなのかもしれない。
よっしゃ、私がいっちょ引き上げてやるから、信じてついてきなっ!!
なんて、勇ましいことが言える器量でもキャラでもないんだよ。
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