闘う準備は出来ている
お客さんが入場する様子を楽屋のモニターから見ている。チケットは完売だけど、本当に客席が埋まるのか不安。
「1人だけキズバン貼ってると目立つから、皆も負傷メイクにしましょうか?」
と、ヘアメイク担当の小糸さんが提案してくれる。
「特殊メイク、とまではいかないですけど、それっぽく」
「それいいですね。キズだらけ感は、エモ増量になりますし」
小糸さんは、ヒゲちゃんからの紹介だ。今日はアシスタントさん2人を連れて来ている。
以前フレデリックと付き合いがあった所は相変わらずスニカに牛耳られているのか忖度なのか知らないが、皆体よく断られた。
同じ日の同時刻に、目と鼻の先でショーケースをする、ということはプレスだけでなく、業者や現場への踏み絵効果もあるのか、と。
それならリトマス紙みたいで丁度良いね、こちらから切らせて頂きます。と取引先一覧から光速消去した。
新聞、出版社、放送、ラジオ局、広告、以前うちと付き合いのあった所にはひと通り案内を送ったけれど、返事ひとつ、花の1本も届いていない。
まぁ、フラワースタンドはAMRの親会社からドデカイのがひとつ来ているし、有り難いことに、これまでBEFAMに関わってくれた会社や人達からのスタンドも多くて、置場所に困るくらいの量はあるから大丈夫ですけど。
「ピアスどれにしようかな」
テーブルに並べられたアクセサリーを見てユウトが真剣に悩んでいる。
「いいなぁ、俺もピアス開けたいな。これは?」
ショウゴが鎖の先に歯車と青い硝子玉のついたピアスを渡す。
「お、いいかも」
「お揃いのリングもありますね」
同じように歯車が重なったデザインだ。
「ちょっと、ゴツくて危ないかもな」
「危ないって? 」
「お前ら良くぶつかるじゃん」
「ああ、確かに。手が当たったら切れそう」
ふーん、なるほど。そういうこともあるのか。佐野さんに言っておかなきゃ。
「あと、長めのチェーンも邪魔で絡まりやすいから、やめとけ」
今回も佐野さんが、レジスタンスのイメージからスチームパンク風の衣装と付随する小物、アクセサリー、ブーツを用意してくれている。
グラスホッパーでは秋冬からこのコンセプトで新シリーズを展開する。
佐野さんは国内の縫製工場に出張中。生産ラインを借りて新規の受注に対応するそうだ。原宿の店舗は、新たに店長さんを置いて、佐野さんはもうお店には出ていない。
「シンさん、フリフリブラウス似合うなぁ」
モフモフのフライトキャップを被りより華やかなリボンとレースに包まれているトモキが言った。
佐野さんが、各々のコンセプトに合わせてデザインしてるから、似合うの当たり前だよ。
シンが着ているミルク色のブラウスの胸元はフリルフリフリだ。レアチーズケーキに生クリームのデコレーションがしてあるみたい。
その上に黒いジャケットを羽織ったから、クッキークリームチーズケーキになった。
「美味しそう」
思わず口に出た。
「はい? お腹空いてるんですか?」
シンは苦笑して、これでも食べてください、とお菓子の箱をよこした。
「シナモンの香り? 」
中にはチュロスが入っていた。
「園田さんからの差し入れです。美味しいですよ」
ヒナタが衣装を汚さないよう、慎重にちょっとずつかじっている。
園田さんはずっと会場にいてリハ見たり、サウンドチェック気にしたり、配信の確認したり電話したり、忙しそうだった。
「今日はよろしくお願いします」
マスターのI'FAMさんが挨拶に来た。カメラバックを持って、スタッフパスを首からぶら下げている。
そう、I'FAMさんには今日、専属マスターとしてBEFAM を撮影して尊い「奇跡の1枚」を大量に生み出して頂く。
「こちらこそお願いします。ステージ下からどんどん撮影して貰って大丈夫です」
「機材とか、ケーブルとか沢山あるんで足元に気をつけてください」
シンが付け足した。
今日はプレデビュー時より少し増え世界30ヵ国への配信となる。そのためカメラが数台入る。
「あ、ありがとうございます。はい、気を付けます……どうしよう! やっぱり、ファインダー越しでないと直視出来ません!!」
と、下を向きモジモジしている。おめでとうございます。あなたは成功したオタクです。
「30分前です」
イベントスタッフが楽屋へ伝えに来た。
ピリッと緊張感が増す。
「じゃあ、客席から見てるね、楽しんで!!」
☆☆☆☆☆
客席後方の関係者席に座る。前にはトモキのお母さんとリサちゃん、それに退院したユウキ君。
ヒナタのお母さんとおばあちゃん。
さっき会ったショウゴのお母さんと、椅子をひとつあけて微妙な距離間で座っているのがお兄さんかな。
ユウトの家族は海外にいて、シンの家族は仕事と遠方ということで今回は来ていない。
みんな配られたペンライトを持って待っている。
これは今日だけ特別に灯す青い光。
今後、デビューツアーが始まる前には、正規のペンライトが発売されるだろう。
「なんだか緊張するわね」
パパと叔母さんが隣に座った。姫ちゃんと娘さんが前の列にいる。山口さんはギリギリまでメンバーのそばにいて、ステージ袖から見守る予定。
客席はやはりちゃんと埋まっていて、灯された青いライトは海のように見える。
ステージセットもMVとリンクした荒廃した街並みを丁寧に再現している。
背後の大型スクリーンで「Blue Star」のMVが繰り返し流れ、セットとの相乗効果がとても良い。
ミュージカルでも始まるのかと期待感が高まる。
ほんと、あのセットの裏が発泡スチロールとベニア板だらけだとは誰も想像出来ないだろう。
衣装もセットもライブで見たとき、安っぽさを感じさせない。これは設定と世界観への没入度を増すのにとても重要だと思う。
会場全体の照明が落とされた。
スクリーンのMVが消え、カウントダウンの数字が映し出される。
客席から悲鳴と歓声があがり、一緒にカウントが始まった。
彼らは今、ステージ下の狭い空間にしゃがみスタンバイ中のはず。
みんな聞こえてる?
胸に響く熱いこの声が。
たくさんの人が君達を待ち望んでいる。
「スリー!」
「ツー!」
「ワン!!」
眩しい光の中に5つの人影が浮かぶ。
BEFAMという星が、5人のフレデリックが誕生した瞬間だった。
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作業用BGM
From Kaiju No.8
Abyss / Yungblud