カリパクはやめよう
「誰か死んだんですか?」
今、死ぬとか死なないとかそういうデリカシーのないこと言わないでくれる?
しかも病院で。
「なら、なんでそんなに泣いてるんです? 珍しいですね、人のためには泣かないのに。あ、そうかショーケースが心配だからか」
顔を上げて隣を見るとショウゴが座っていた。
にこにこして。
「嘘……ねぇ、ほんとに死んじゃったの?!」
「え?」
「幽霊? 」
「あ、れ? 俺死んでるんですか?」
ショウゴ、自分の身体のあちこちを触って確かめている。
「ちょっとごめん」
私もショウゴの手や腕や肩を触る。最後に顔を両手で挟むと、モチッとした感触と温かさがあった。
これは……確かな手応えがある。額と頬にキズテープも貼っている。白いパーカーも汚れているし。
「生きて……る」
「ですよね? 良かった」
「なになになに、怪我はどこ? 腕? 足? 頭??」
「軽い脳震盪らしいです。CT撮ったけど今のところ問題ないって。俺、運動神経だけはいいから」
「ほんとに?」
良かった、シャツの袖で涙を拭う。
「あースマホ、バキバキになってる。新しいの買ってもらえますかね……」
「うん、まず修理」
「……奏先輩って、彼氏のスマホ勝手に見るタイプですか? 意外」
と、手からスマホを奪われる。
「プライバシーの侵害ですよ。良くないなぁ」
「……よく喋ってる」
「うん……夢だから」
「え?」
「これは夢なんです」
ショウゴが悲しそうな顔をして私を見つめる。
「……嘘でしょ?」
「雨の中を、走って来たんですね」
「その方が早かったから」
「カゼひきますよ」
「平気、ねぇ、これ夢なの?」
「そういえば奏先輩、あのとき貸したウィンブレ、返して貰ってないな」
「ウィンブレ……?」
「それってカリパクですよ?」
「カリ……パク??」
☆☆☆☆☆
「このまま一緒に連れて帰ります!!」
「はい、今日は勿論」
お母さんと、山口さんが戻ってきた。
ショウゴがすっと立ち上がって、2人の所へ歩いて行く。
「勝手に決めないでよ」
「アイドルなんて、だから、最初っから反対だった!! 」
「今日のステージは絶対に出る」
「なに言ってるの?! 大学、今から準備すればまだ間に合うの!!」
「内部進だって無理なのに?」
「やる気の問題。やれば出来るの、うちの家系からアイドルなんか、そんなの恥ずかしい。ご先祖様に申し訳なくて顔向け出来ない」
「いいかげんしてよ。お母さんが決めることじゃないし、アイドルは恥ずかしい職業なんかじゃない」
「恥ずかしいの。チャラチャラして、愛想よく嘘笑いして、5年後にきっと後悔するんだから」
「後悔するのは俺だから、お母さんには関係ないでしょ」
「生意気なこと言わない。ここまで大切に育ててきた親なの、後悔先に立たずっていうの」
「あの……」
ショウゴの二の腕を再びぎゅっと掴む。ぎゅっぎゅっと確かめる。
「夢じゃないじゃん」
ショウゴが期待するような目で私を見ている。
だけど、助け船を出すつもりはない。
「初めまして、フレデリックの桑山です、この度は大変ご心配をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした」
「あら、あなたが、そうせんぱい? ……散々うちの子を唆して、振り回して。結果がこれです。このまま連れて帰りますからね、いいですね」
「奏先輩は関係ないでしょ、失礼だよ。偶々の事故だし。会社もメンバーも俺も、誰も悪くない」
「はい、そうしてください」
私の言葉にショウゴが目を見開き驚く。
「えっ? 何を言ってるんですか? 今日のショーケースに出ないと」
「安全な場所で安全な事が出来るなら、それが一番幸せだよ」
「どうして、急にそんなことを言うんです?」
「……いいから」
「なんですか?」
「ショウゴは、生きててくれてるだけでいいから」
「はい? 何か悟りました? 」
「山口さん、行きましょう」
「ちょっと待って、意味わかんないです」
今度はショウゴが私の腕を掴んだ。
「今日のために、デビューするためにずっと頑張ってきたんです。皆もそうです、ここまできて帰れってなんですか?! 」
「今日は無理しない方が良いと思います。頭を打ってますからね、家でゆっくり様子をみて、今後のことはそれからでも」
山口さんは、ショウゴのお母さんにお辞儀をして、私の腕を掴んでいるショウゴの手をそっと外した。
ショウゴに背を向けてエントランスへ向かう。
「ちょっと、待ってください!!」
ショウゴが私の前に立った。
「奏先輩は、いつもそうですね。心の何処かで俺を信用してない」
「……」
「いつになったら、どうやったら認めてくれるんですか? ……俺だってさすがに傷つきます」
「今は……ショーケースが心配、シンやユウトやトモキやヒナタが心配、早く戻らないと」
それにショウゴのことも心配。
ショウゴは一瞬悲しげな表情を浮かべるも、口の端でフッと笑った。
「俺だって心配ですよ!! そこは同じ気持ちでしょう?! ですよね、じゃあ、もう早く行きましょう!!」
「え?」
ショウゴが私達の前をずんずん闊歩していく。
え、あれ?
私達も何故かその後に続いてしまう。
なんでこうなったの?
「ショウゴっ!!」
お母さんの声がロビーに響いた。
ショウゴが自動扉の前で立ち止まり振り返った。
「あ、お母さん。言うの忘れてたんだけど。今日、兄さんも呼んだんだ、来るって言ってたよ」
「え……ケンゴが?!」
お母さんの両腕がぶらんと下へ落ち、腕に通していたハイブランドのバッグが落ちそうになる。
「たくさん話すことあるんじゃないかな。じゃあね、俺行くね!!」
ショウゴは両手を上げ、母親に大きく手を振った。
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作業用BGM
Enchante / Dirt Poor Robins