高校生ラッパー②
私達が遥々延々青田を見ながらここへ来た理由、それが彼だ。
小顔でクリッとした大きな目、韓国の某事務所が好きだという俗にいう「小鹿顔」と称される顔である。
これは、田んぼを越えて会いに来た甲斐があったかもしれない。
「すみません、波多野トモキさんですか?」
シンが声をかけた。
「はい」
屈託のない返事に、爽やかな笑顔がもれなく付いてきた。
明るく人懐こい雰囲気は自然で初対面とは思えない気安ささえかもし出してくる。
「少しお時間いいですか?」
「すみません、あんまり時間ないんですけど……なんでしょうか?」
「私、あなたをキャスティングしに来ました、こういう者です」
私はまたもドヤって名刺を差し出した。
トモキは両手で名刺を受けとると、じっと見ている。
「フレデリックプロダクション?」
私に不思議そうな顔を返す。
「おお、スゲエ。これで何枚めだよ? スカウトマンの名刺」
「でも、女子高生は初めてじゃね?」
「そうか、女子高生だから、スカウト……ウーマン??」
「スカウトJK?」
隣のお友達が面白そうに囃す。
学校を早退してそのまま来たからしょうがないけど、やはり第一印象というのは大事だな、と思う。
服装(女子高生の制服)がある種の記号としての役割があることを知った。
それは同年代でも男女でも関係がないらしいということにも。
「トモキを落とすのは難しいですよ」
「そうそう」
「ずっと断ってるんです」
お友達、空気を読んで退場してくれないかな。
「どっか、他所で話せない?」
「すみません、ちょっともう行かないといけないんで……」
「そ。じゃあ、興味があったら連絡して。なるべく早いうちにね。すぐにデビューさせたいから」
「デビュー?」
「うん。アイドルグループ作る予定なの。で、1年以内にはデビューしてもらう。ああ、この人もメンバーだから」
「どうも」
シン、ニコッと笑ってみせる。
トモキの顔色が明らかに変わった。
私の名刺なんかより、シンのオーラの方がよっぽど説得力があるということか。
「あの、詳しく聞きたいんで、家に来てもらっていいですか?」
「家に? 近くにカフェとかファミレスとかあればそこらでいいんだけど」
「すみません、行かなきゃいけないところがあって」
そういえば急いでいると言ってたっけ。
「わかりました、一緒に行きましょう。ね、奏さん」
「わかった、行こう」
「10分くらい歩くんですけど……」
トモキが申し訳なさそうな顔で私達を見る。
「大丈夫です」
シンが答え、私も頷いた。
校門で友達と別れてから、トモキは早歩きで私達に構わずどんどん先を歩いていく。
歩きながら話の続きを、なんて思っていたけど甘かった、全然そんな話せるような速度じゃなかった。
最早、競歩か小走りに近い。
もう走って行かなきゃ、置いていかれそうだ。
そんなふうに軽く走って到着したところ、それは『保育園』だった。
「ちょっとここで待っていて貰っていいですか? すぐ戻ります」
私達は保育園の門をくぐり、トモキの後に続いて玄関まで入ってきている。
部外者がここまで入っていいものか、と少し居心地の悪さを感じる。
小さな靴がずらりと並んでいる靴箱の前で、私達はトモキを待っている。
手洗い用の石鹸と日向の香り、それと子供達の匂いがふんわり混じりあう懐かしい香りの中で、何故かのんびりとした気持ちになる。
「懐かしいな保育園」
シンが壁に貼ってある子供達の絵を眺めながら呟いた。
トモキがすぐそこの教室を覗くと、小さな女の子が飛び出して来た。
「トモキ~!見て、見て!ナナ先生にやってもらった!かわいい?ねぇ、かわいい?」
「うん、かわいい。良かったな」
「いいでしょ~!かわいいでしょ~……私がかわいいからねー」
柔らかそうな髪の毛を左右で結んだ色白の瞳の大きな子だった。
トモキと手を繋いで歩いて来た女の子、私達を見て瞬時に固まる。
「すみません、妹です」
「トモキ、だあれ?」
「お客さん」
「ふーん、すごぉーく、イケメン!!」
女の子は瞳にハートマークを浮かべ、うっとりとシンを見ている。
笑顔がトモキにそっくりで可愛い。
「ありがとう、あなたも可愛いです」
シンは妹ちゃんの目線に合わせるようしゃがんで、特別な(おそらくファン用の)微笑みを送った。
「えへへ」
妹ちゃん、照れ笑いを浮かべながら身をくねらせた。
子供って本当に心に素直なんだなぁ。
ふと、彼女の視線が私に向いた。
「あんたはブスね!」
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