闘いはステージの上で
ヒナタのボーカルが入ってこないのにメンバー達も驚いたみたい、ピタッと声が止む。
「もう一度やりますね」
「あ、ちょっと待って、少しお水を飲ませてください」
ステージから下りて来たヒナタへキャップを外したペットボトルを渡す。
「ありがとうございます」
ヒナタはペットボトルを受け取り、真剣な眼差しで私を見つめる。
「どうした? 」
「奏さん、僕、実は昨日シンさんと奏さんが2人で話しているの聞いちゃったんです」
嘘、ヒナタに聞かれてたの?!
どうしよう、あんな話、当の本人には相当ショックだったはず。
「僕は絶対に絶対に大丈夫です。今からその証明をします」
「証明って……?」
「お父さんを呼びました」
「え?!」
ヒナタが客席の後方へ視線をやった。
その先を追う、するとそこにヒナタの父親がふてぶてしく立っているじゃないか。
昨日、警備員に挟まれ殊勝な面持ちで退場したのが嘘みたいに堂々と。
山口さんが前の座席へと案内している。
山口さんは、ヒナタの父親が来ることを知っていた、そんな素振りだ。
「僕を信じてくれますか?」
「それは、もちろん」
私は力強く頷いた。
父親は、席に座ると腕を組みふんぞり返ってステージ上のメンバーをつらつらと眺めた。
「僕はこの夢を諦めません。誰にも邪魔はさせない」
ヒナタは水をひと口飲むと、私に向かって掌を付き出した。
「?」
「蓋をください」
「ああ、蓋か」
ペットボトルの蓋を掌に乗せると、ヒナタはそれをギュッと握りしめる。
「僕は変わったんだ」
自分へ言い聞かせるかのように呟いて蓋を締めた。
そのままペットボトルを持ってステージへ戻っていった。
「すみません、マイクがないとなんとなく落ち着かなくて」
メンバーの真ん中に戻ると、そう言ってペットボトルを両手で握って見せ、へへっと笑った。
「ワン、ツー」
ショウゴのカウントで、再びイントロ部分が皆の口から再生される。
「I said this time~♪」
ヒナタは父親の前で堂々と歌った。
会場からは手拍子が起こり、サビの部分ではお客さんも一緒になって合唱になる。
皆さん、すごいな。
綺麗な歌声なんだけど。
客席を見るとみんな、手に何やら紙を持っている。
近くのお客さんに近寄って手にした紙を覗き見すると、
「BEFAMと一緒に歌おう!」
との題字、曲名と英語の歌詞があって、和訳と仮名がふってあった。
なるほど、ヒナタがサイン会のときにでも渡していたのだろう。
あれから、私達の話を聞いてから、1人で準備したのかな。
ふんぞり返っていた父親が、左右を見回し、後ろを振り返る。
そして前を向きヒナタと目を合わせた後、徐々に下を向いてしまう。
父親のどこかに、ヒナタの綺麗なパンチが入ったみたいだ。
暴力ではなく、魂でぶん殴ってやった、みたいなことかも。
それにしても、客席のお客さんが上手すぎるな。
「ありがとうございました」
「皆さんの声がとても綺麗で驚きました!」
トモキが客席へ拍手を送る。
ね、そうだよね、思ったよね!
「あれですかね、みんな学校で合唱とかやってるからですかね? 」
「大人数で歌うの、慣れてますよね?」
と、トモキが後方で立って見ている女性客に手マイクを向けた。
「大学のアカペラサークルです!」
「え、ほんとに?」
「皆さんのアカペラに感動して、サークルの皆と一緒に見に来ましたっ!」
周りの男女6人が手を上げた。
「アカペラサークル?! うっわ、まずいっ!!」
ショウゴがチロっと舌を出してユウトを見る、とユウトは唇を噛んで「やべっ」という顔をする。
「うわぁ、アカペラサークルさんですか。あの、これは言い訳じゃないんですけど、僕らアカペラ専門じゃないんで、あの、すみませんっ、ほんとに、初心者がすみません」
と、シンがペコリと頭を下げると、一同皆が真似をする。
\ すみませんでしたっ/
そこで、客席から笑いが起きる。
「あー、すごく聞きたくなっちゃったなー」
と、顔を上げたヒナタがムチャ振りをする。
「皆さん、1曲お願い出来ますか?」
と、トモキが続けた。
\ ええー!! /
と、今度はアカペラサークルの人達から驚きの声があがる。
「ちょっと狭いですけど、どうぞこちらに」
ユウトがさっと迎えに行って、サークル丸ごと連れてくる。
男性2人と女性4人がステージに上がった。
メンバー達はステージから下りてしまう。
ちょっとなにこれ。
アドリブが過ぎるな、時間も押すんだけど。
「ええと、私達は○○大学、アカペラサークルの、シルキーミルキーです」
「まさか、ここに立つとは思ってなかったので、驚いていますが、せっかくなので1曲だけやらせてもらいます」
「BTSさんの、Butter」
シルキーミルキーの爽やかで軽いハーモニーが始まった。
気づくと、前座に座っていたヒナタの父親の姿がない。
辺りを見回して探すと、スニカのブースの横にいるところを発見する。
何故かパパと話をしている。ペコリ、と突然パパが頭を下げた。どうして、パパが頭を下げるの? 下げるのはあっちじゃなくて?
その後、父親はどこか茫然とした様子で出口へと向かって歩いていった。
ヒナタはステージ上の学生達を笑顔で見ている。
とても晴々とした笑顔で。
カッコいいよ! ヒナタ最高にカッコいい!!
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Look at me now / Charlie Puth