高校生ラッパー①
別の日、自他ともに認めるぼっちの私は、再びシンと一緒に電車に乗っていた。
車両内は空いていて、私達の他にはお年寄りが数人いるだけだ。
ボックスシートに斜向かいで座り、シンはずっとスマホを見ている。
私は窓の向こう側の走り去る世界を見送っている。
子供の頃から電車や車に乗れば、ずっとそうだ。知らない場所の知らない景色を見るのがなんだか好きで、むしろ見ないともったいない気さえする。
建物や看板や道、空の色、空き地の緑、追い越していく車のかたち。
みんながスマホや単語帳を見ているときも、私は外の景色を追っていることの方が多い。
青々とした田んぼと、住宅がポツポツと過ぎていく。
田んぼは地平線までいっぱいに広がっていて、目には優しいけれど、さすがにこれは飽きてきた。
「奏さん、着きましたよ」
「ハッ?!」
思わず漫画みたいな声が出た。
いつ寝ちゃったんだろう。私は慌てて立ち上がり、扉へ向かうシンの後に追従する。
都内からたっぷり2時間はかかっただろうか。ホームで軽く伸びて身体をほぐす。ぬるい微風に潮の香りが混じっている。
「あー、これで空振りだったら最悪。腰、痛いし」
「出会えることを祈るしかないですね」
改札を抜けると小さなロータリーがあって、中央にはなんだかわからない、芸術が溢れ過ぎたオブジェが鎮座していた。
「あれはなにかな? タコ?」
「うーん、波と怪獣、とか?」
「たしかに怪獣的なものかも」
どっちにしろ、なんだかわからん。
芸術とはそういうものか。
「タクシー、いないね」
タクシーどころか、一般車だっていない。
「そうですね、呼びますか」
ロータリーは静かでひとっこひとりいない。
そういえば列車から降りたのも私達だけだった。そんなことってある?
はじめは、シンが運転するから車で行こうかって話だった。だけど、叔母さんに凄く心配されて。
「シン君はうちの大事なタレントなんだから、何かあったらどうするの? 気軽に運転手扱いしたらダメでしょ」
と、酷く真っ当なことを言われ……確かに取締役代表代理としての自覚が足りなかったと反省したのだ。
時刻は午後3時を過ぎていた。
「なんにもないなぁ。コンビニもないし……ええ?コンビニが、な、いって?!」
駅にコンビニないってどういうこと?!ここの人達、どうやって生きてるの?!
「……やばい、文明の果てだ」
「奏さん、言い過ぎです。こんな何もない感じの駅なんて日本全国どこにでもあります」
肯定のなかに無意識の冷罵を感じるけど。
「ああ、そうだ。シンも北海道の……北の果てだったっけ」
「果てじゃないですって、札幌はわりと都会ですよ!」
「ふーん、札幌なんだ。 ……って言ってもさ、行ったことないからわからないや」
「……もういいです。タクシー呼ぶから待ってて下さい」
シンが難しい顔でスマホを見ている。
「なに、どうしたの?」
「ここ、『レッツゴータクシー』が、ないです」
シンのスマホを覗くと配車アプリの画面には【申し訳ございませんこの地域はサービス圏外です】という表示がポップアップされていた。
結局近くのタクシー会社を調べ直接電話をかける。
10分程度待っていると、白い車体の個人タクシーがやって来た。
「すみません、栄山東高校までお願いします」
先に乗り込んだシンが行き先を伝えた。
「栄山東高校ね」
白髪まじりのおじさん、いやおじいさんがゆっくりと車を発進させる。
駅から離れるとすぐに国道と思われる道へ入った。そこを暫く走っていると、道の両側がなにやら賑やかになってくる。
コンビニやファミレスなんかが登場し、都会でもお馴染みの大型ショッピングモールもある。
そしてすぐに、平地に住宅が建ち並ぶ「町」が現れた。
栄山東高校は、その町の中にあった。
「まだ下校時間じゃないかな」
校門付近には生徒の姿はない。
「あそこで待ちますか?」
シンがすぐそばの屋根付きのバス停を指さした。青いペンキの剥げたベンチがひとつ置いてある。
「そうだね、待つしかないもんね」
二人でベンチに座る。
「静かだね」
「そうですね」
ちっちっちっチぃ……
ちぃ、ちぃ、ちぃ……
学校の木々から小鳥の囀りが聞こえる。
軽やかでリズミカル。
鳥の世界も、鳴き声と見た目でモテ度が決まるらしいから、ちょっとアイドル界隈と似ているな、なんて。
キーンコーンカーンコーン~
定番の鐘の音。
校舎内から人のざわめきが漏れてきた。
生徒がチラホラと校門から出てくる。
女子は白シャツ紺色のベストにひだスカート、男子は白シャツ、紺色のネクタイ、グレーのズボンだ。
凄い地味。
「いるといいな」
シンが立ち上がり、私も後に続く。
生徒達が私達を凝視していく。
ここら辺では見ないだろう派手な制服姿の女と、国宝級のビジュアルの男である。
それも致し方なかろうて、ははは。
好奇心に満ちた遠慮のない視線と言葉。
「えっ、なに?」
「誰?」
「ねぇ、見て」
「うわぁ」
「!」
「誰かの知り合い?」
まぁ、芸能人なんて見られてナンボの世界だもんね。
女子生徒の集団が私達の前を通り過ぎていく。
「やだ、ケンとバービー!!」
集団の中からそんな声が聞こえた。
ブっ、とシンが吹き出して私を見た。
「ちょっ、なんでこっち見て笑うかな?!」
「いやぁ、いやぁ、まぁ、そうですね……クククっ」
笑い過ぎだろ。
確かに高身長だけど、ナイスなバデイでは決してないからね、私は。
笑っとけ、後でちゃんと仕返しする。
「奏さん、あの子では?」
前から三人組の男子がやってくる。
その右端の子が今回キャスティングする目的の人物だった。
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