招いてないので帰って
待って、あの男、不審者かも!!
白いシャツにベージュのジャケット、下は黒いズボンに革靴、一見スマートな普通のおじさんだけど、態度が普通じゃない。
男は迷うことなくステージに上がり、ちょうど空席だったヒナタの向かい側に座った。
「探したんだぞ」
ガタン、ガタガタ、ヒナタが慌てて立ち上がった、が、そこでバランスを崩したのか、パイプ椅子ごと転んで尻餅をついてしまった。
隣にいたショウゴがヒナタの異変に気づき、目の前のお客さんへ何か伝えてから彼の傍へ行った。
「やっと、見つけたぞ! さぁ、一緒に家に帰ろう!!」
ヒナタの顔から血の気が引いていく。
「あのっ!!」
男の背中へ声をかけた。
「お父さんと」
お、お父さん?! ヒナタの両親は離婚したはずで、原因は……DVだ。
ヒナタは尻餅を着いたまま、怯えた目で男を見上げている。
「お母さんはどこにいる? いないのか? ほらみろ、お前、捨てられたんだろう? 頭がおかしかったからなあいつ。他に男でもいたか? それにしてもお前、随分と変わったなぁ、写真を見たときにはすぐには分からなかったよ」
男が立ち上がって、ヒナタへ近付こうとする。
「それ以上、彼に近寄らないで下さい」
私は男の行く手を塞いだ。
「なんだお前、俺に指図するのか? 邪魔だ、どけっ! 」
「どうぞ、お引き取り下さい」
「失礼な、俺はこいつの父親だっ! こいつはまだ子供で俺は保護者だ! こんな馬鹿げたことをさせる為に、今まで苦労して飯を食わせてきた訳じゃないんだっ。学校はどうして辞めた? せっかく勉強して入った有名校じゃないか」
ショウゴと目が合う、ヒナタを早く連れていって。
「なんだ、お前、化粧してんのか? 男の癖に気持ちが悪い、そんなもんで不細工が隠せるもんか。どんなに着飾ったって豚はブタだろ」
あんたか、ヒナタを傷つけたのは。
ずっと、傷つけてるのは……許せないな。
「お客様、うちのタレントに何かご用なら、後でお伺い致しますので」
「だから、親だって言ってるだろ、俺はこいつの父親なんだっ!!」
男が両手で机を叩いた。
バンッ!! と大きな音がして、ブース内はシンと静まり緊張が走った。
「ほらヒナタ、皆が困っているんだ、お父さんと家に帰ろう」
ヒナタは両手で耳を塞いで固まっている。ショウゴが立たせようとしてるけどまったく動かない。
いや、動けないのかもしれない。
肩が大きく上下している。
「お客様、静かにお引き取りを、さもないと警備員を呼ぶことになります」
山口さんがやって来て、自分が男の前に立った。
「なんだ、爺さん。俺に指図すんのかっ!」
「他のお客様の目もありますし」
男は辺りを見回し、そこでやっと自分が周囲から注目されていることに気付いたようだ。
気まずい表情を浮かべ苦笑する。
「ヒナタ、これじゃあ、お父さんがまるで悪い人みたいじゃないか、ただお前に会いたくて来ただけなんだぞ」
「ヒナタ立って、ここから離れよう」
ショウゴが小さな声で必死に話しかけているが、ヒナタは動かない。
「おい、なんとか言わないか、こっちはせっかくここまで来てやってんだからな」
ヒナタへ近づく男を、山口さんが体で止める。
「とにかく、今日はお引き取り願います」
「そうか、お前、お父さんにそんなに恥をかかせたいんだな? そうなんだな?! ふざけんな!! このクソガキが!!」
男はパイプ椅子を持ち上げると力任せに床へ投げつけた。
「どいつもこいつも、俺を苛々させやがって、お前のせいだからな全部!! 」
ヒナタへと伸ばした男の手を、山口さんが掴んだ。
そしてよく分からないけど、たぶん投げ飛ばしたんだろう。柔道の技みたいなやつで。
男は床に寝転がり、山口さんに押さえ込まれていた。
山口さん強い、すごい。
カシャカシャっというシャッターの連写オンで、ハッと我に返る。
まずい、マスターさん達に撮られている!
「警備に連絡して、それから何か……隠すもの」
ヒナタを保護しないと!
ふいに目の前にピンク色のタオルを差し出された。
「これ、良かったら使って」
「え? ……チワワ」
「?」
ミルクティ色の三つ編み、白くてマシュマロみたいな肌、黒目がちな大きな瞳、フラミンゴ色のチークとリップ、この人には皆が憧れるカワイイが全部詰まっているな。なんて、印象を述べている場合ではない。
チワワ、じゃなくてスニカがヒナタとショウゴの方へ駆け寄りタオルを広げた。
ビーチサイズの大きなタオルには、3羽のフラミンゴが描かれている。
私もスニカの隣に立って同じタオルを広げた。左右の端を両手で持っても充分大きい。
これで、マスターさん達からは見えなくなったよね?
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