みにくいあひるのこ③
「確かに僕はブサイクでデブで地味です、そういうやつは皆の前で歌っちゃ駄目なんですか? 人前に出ちゃいけないんですか? 笑われるだけですか? 迷惑なんですか?」
握りしめた両手が震えている。
「だけど、僕にはこれしかないんです。歌しか……好きなんです、歌うことこが……歌が死ぬほど好きなんですっ!!」
ヒナタは張りのある声で堂々と言い切ってから、眼鏡を外しグスンっと鼻をすすった。
声量があって、発声もいいんだよな。
「本当に? 舞台に立ちたい? たくさんの人の前で歌いたい?」
「……はい(ずずっ)」
「だったら3ヶ月で、そうだな、15kg痩せられる?」
「へ?」
「悔しいでしょう、悔しくて腹がたってしょうがない。だったらこんなとこでメソメソ泣いてないで、すぐにダイエットを始める!」
「ダイエット?」
「それが出来たら1年後、あなたはグループの1人としてステージに立ってる。それもあなたのファンだっていうたくさんの人達の前に」
「詐欺……」
「詐欺じゃないです」
シンがすかさず答え、私の手から名刺をもぎ取りヒナタに渡す。
「斎藤ヒナタさん、もっと詳しい話を聞きたかったら連絡して下さい」
ヒナタはぷっくりとした手で名刺を受け取ると、名刺と私達の顔を交互に見た。
「グループ? えっ、あのっ、話が見えません。フレデリックプロダクション……えっ、あの、あのっ、オペラ歌手の桑山レイコさんがいた??その事務所で、僕はもしかして、もしかすると、……僕は今キャスティングを、う、受けているんですかっ?!」
「やっとわかって頂けました?」
私は再び代表代理っぽいドヤ顔をキメる。
「いや、分かりにくいですよ。こんな……突然悪口言われて。……わかりました、僕は痩せます。絶対に痩せます!!頑張りますっ!!」
「あっ、あと眼鏡はやめてコンタクトにして」
「目に異物を入れるのは怖くて……」
と、ヒナタは言いかけて口を閉じる。
「いいえ、頑張ります!」
「じゃあ、近いうちに連絡して」
「あの、あええと、僕は白鳥になれますかね?」
ウルッとした大きな黒い瞳が私を見つめる。
「あなたがなると思えば、白鳥でも、月でも、バラでも、クジラでも、なんにでもなれるんじゃないかな? あと、歌手なら聞かせるだけじゃダメ、魅せないと」
「見せる……?」
「ああ、それから、こういう大きなオーディションは話題作りと新人の知名度アップが狙いだから、初めからグランプリは決まってます。つまり出来レースです。どこの世界にもあることです。だから、そんなに落ち込まなくていいですよ」
シンがヒナタの肩をポンポンと叩いた。
なんかシンが言うと信憑性が上がるな。
そんな大人の事情がてんこ盛りの世界で、いちいち傷付いていたらやっていけないぞ。
「あ、それから」
「はい」
「君はブサイクじゃないよ」
「え」
「並の並くらいではあるよ」
「並……」
☆☆☆☆☆
「良さそうな子が見つかりましたね」
私の帰る方向とシンのバイト先が一緒ということで、私達は同じ地下鉄に乗っていた。
車内はそこそこ混んでいて扉付近に二人で並んで立つ。
「あの声はあなたと絡むと絶対にいいと思ったんだ。ただ、ちゃんと痩せられるかな。並を超特盛にしなくちゃ」
「牛丼じゃあるまいし……。そうですね、サポートが必要かもしれません」
「サポートか、それなら心配ないと思う。あてがある」
「ね、みてみて」
「ヤバッ」
「わっ、マジ鬼イケメン」
「モデル? 芸能人?」
そんな声が聞こえた。
部活帰りの女子高校生達がチラチラどころではなく、ほぼ完全に堂々とこっちを見て話している。
シンもそれに気付いているはずだが、とくに反応はない。
「いつもこんな?」
「ん、まぁ、そうですね。実はさっきの会場でも……」
ポケットから名刺数枚を出して見せられる。
有名どころの会社や事務所名ばかりだった。
「へー、さすがですねぇ」
「まぁ、それほどでもぉ」
「ていうか、いつ貰った?」
会場で一緒にいたときには、そんな場面なかったけど。
「会場の前で奏さんを待っているときに。30分遅れて来ましたよね奏さん」
「スマホ忘れて、一度戻ったからね」
「からねって……その遅刻肯定感はなんなんでしょう。見たところスマホ以外に持ってるもの、何もないですよね」
「スマホがあれば十分じゃん? 逆に、他になにが必要?」
「一番必要なものを忘れたわけですか……いえ、いいんです。ところで制服なのはどうしてですか? 今日、学校に用事でも?」
「いや、違うけど」
「……そう、ですか」
「うん」
実は迷った。
正直、何を着たら良いかわからなくて。一般公開といっても、入るときには名刺を出して関係者席に座らせて貰うわけだし、社長代理としてはフォーマルっぽいのがいいのか、なんて思ったり。
でも、スーツなんて持ってないし。
学生は制服がフォーマルっていうから、それなら間違いないかもって思ったんだ。
あ、ヒナタに詐欺って思われたのって、この制服のせいもあったのかな。
「奏さんて」
シンが真面目な面持ちで私を見つめる。
「うん?」
「友達いないでしょう?」
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作業用BGM
Love wins all / IU




