自分の臍は噛めない
地下の練習室から1階へ上がると園田さん、佐野さん、ヒゲさんやチョコちゃん、山口さん、叔母さん、姫ちゃん、撮影スタッフさん達らが、みんなで打ち上げ中だった。
わりと和やかでそこそこ賑やかな雰囲気だ。
今しがたの、コトリの件は、いったん胸にしまい、今はBEFAMのプレデビューをお祝いしよう。
メンバーはメイクを落として私服に着替えてやってきた。
シンとユウトは中庭に出て、端の暗い場所で話をしている。
ユウトに聞きたいことが沢山あったけど、パパが戻ったら説明して貰えばいいか。
「あ、奏! ここに座って」
長いソファの中央、園田さんが自分の隣を開けて待っている。
あれは、なんか絡まれそうだな。
「お疲れ様。とにかく上手くいって良かった」
「ありがとうございました。でも、本当にやって良かったと思いますか?」
「何、今さら。元気ないじゃん。後悔臍噬って知ってる?」
「あー、ヘソは自分で噛めないからっていう。それはまぁ、そうなんですけど……」
「ここから来年4月の本デビューに向けて、入念に準備しないと。ね、君ら」
「はい?!」
じっと一点を見つめていたヒナタが、ビクッと頭を起こし目をぱちくりさせて園田さんを見る。
トモキ、ショウゴも眠そう。
昨日の夜、あまり寝ていないのと、緊張が急にほどけたせいだろう。
打ち上げの会は11時を過ぎた頃にお開きとなり皆は帰っていった。
トモキ、ヒナタ、ショウゴはソファで寝ている。園田さんと私、シンとユウトでパパの帰りを待っていた。
ダイニングテーブルに座ってSNSのトレンドを眺めている。
「トレンドが全部砂川エンタとコトリの件になってる」
会見から2時間以上は経つけど、世間の好奇心と熱はまだ保たれているみたい。
「盗作問題は消えたかな」
園田さんが今まで見ていたスマホをテーブルに置いた。
「ところで新メンバー、君はいつ加入したんだっけ?」
園田さん、スマホをスクロールしている隣のユウトに身体を向ける。
「あー俺ですか? それは……最初からいました、けど?」
と、ユウトは涼しい顔で答えた。そりゃ、いたは、いたよね。音源にひと声も入ってないし、プロモーションにも一切参加してないけど。
冷静に考えたらこれは
「ウケる」
園田さんが乾いた笑いを私に向けた。
「ウケる?」
そして私の言葉を無表情に繰り返して言う。
「はい、すみません。ご報告が遅れました。軽いサプライズー、的な?」
「的な?」
と、今度はシンへ笑顔を向ける。
「的な、です」
シンは真顔で答えて頷く。
「今後、勝手な出入りは、ご遠慮頂けますかね? いろいろあるんで。サークルじゃないんだから、出たり入ったり、なんなの?」
「出た人はまだ……」
私が言うと園田さんは再びユウトへ身体を向けた。
「出ないでくれる?」
「……」
ユウトは肩をすぼめて頷いた。
「で、リリアの死因は? 特定出来たの?」
え、なにそれ。
「睡眠薬の多量摂取で溺死、当初の検死結果はそういうやつだったんでしょ?」
「マネージャーが、リリアは普段から睡眠薬を使ってたって証言したのと、錠剤が抜かれたシートのゴミもあった。だからそういうストーリーになったらしいです」
シンが答えた。
「リリアの母親もそれは知っていたから、睡眠薬が検出されたことにさして疑問は抱かなくて」
もしかしてユウトとリリアのお母さん、彼女の死因についてずっと調べてたのかな?
「確かに睡眠薬も部屋に残ってた。けど、あれは市販薬で、リリアが通院していた形跡や薬を処方された記録は探してもなかった。俺、おかしいと思って捨てられてた薬のシートと同じ量を飲んでみた」
は??
「結果、ほんとにすごい良く眠れた。意識朦朧どこじゃない」
え? 前にオーバードーズやらかしたってシンが言ってたの、もしかして、それ?
「その状態になるのわかってて普通は布団に入るだろう? 風呂じゃなくて」
「死ぬつもりじゃないなら。……あ、こいつ、そういうやつです、そこは気にしないでください」
ポカンとした表情のパパと園田さんを見てシンが付け加える。いや、頭がおかしいから是非気にしてやってください。
「あの日、リリアはメルにカメラを付けていた、部屋には他にもカメラがいくつかあった。マネージャーが「来たときにはもう息がなかった」という証言をしてる。あれが嘘だってことがちゃんと映ってたんだ。リリアの飲み物に何かを入れる様子、意識のないリリアを浴室まで引きずって行くところは、メルのカメラで撮れてた……」
ユウトは両手で顔を覆い暫く動かない。
「死亡推定時刻に部屋から出ている様子もない。マンションの防犯カメラを見ればすぐにバレる嘘なのにバレてない」
シンが続きを話す。
「それって」
「世間に知らせようとして殺された。私はそう思う」
園田さんが、はっきりと「他殺」だと言及した。
「上手く事故と処理されたのもおかしい、警察の中にも砂川エンタの協力者がいるんじゃないかと」
ユウトは顔をあげて淡々と話す。
「検死結果に残っている薬物成分は市販薬のそれとはきっと違ったはずなんだ、そこも曖昧で、ごまかされてる気がする」
「砂川会長にはしかるべき鉄鎚が下るだろう」
そこで、パパが戻ってきた。
「リリアがメルにメッセージを隠していたこと、もっと早く気づけば良かった。私のせいで被害が長く続いてしまって……」
「砂川エンターの所属タレント達と顧客の詳細がのったもの、そこには現役の議員、経財界の有名人たちの名前もある、あれが重要な証拠になる」
会見では触れなかったけど、そんな物があったのか。それを手に入れたリリアさんが殺された?
「……お前の件も砂川会長が絡んでいたから、それも警察に届けた」
「私の件?」
「TFCでトラックの荷台に閉じ込められただろう?」
「え、なんで知ってるの?」
パパには内緒のはずだったんじゃ……。私はシンとユウトを見た。二人ともしれっと私を見返す。
「私が知らないとでも思っていたか? 防犯カメラにちゃんと映っていた。砂川会長の女性秘書がトラック荷台の扉を閉める様子が」
「秘書?」
「リリアの元マネージャーだった人間だ」
もしかして、砂川会長の後ろにいた女の人かな? イチゴの香りを思い出す。
「もちろんリリアのことも、コトリのことも、どちらも腹立たしいが、お前のこの件を聞いたときに一番頭にきて、私は砂川を絶対に許さないと思った」
パパが私のために? 怒ったって?!
「砂川エンタはテレビ局や新聞社のマスコミ、国税庁、検察、警察OBの天下り先で大量に協力者がいる。だから、そういう砂川エンタの利権とは無関係な海外勢の圧力と、善良な人々の世論を使うしかない」
パパの言ってること、全然頭に入ってこなくて、私のために怒ったって、そこだけがグルグルしてる。
「名簿には○○国の大使や✕✕国の大臣クラスの名前があった。裏付けは各国の清廉なマスコミがしてくれるだろう。これは世界的なスキャンダルに発展する、明日は海外記者向けに会見をする予定だ」
「ところで、その女性秘書の身柄は安全?」
園田さんが訊ねた。
+++*+++*+++
作業用BGM
Fate / (G)I-DLE