放たれた矢
プレデビュー5日前。
私は急遽、園田さんに呼ばれた。
「緊急で伝えたい事があるので、早急にこちらへ来て欲しい」
という短いメールを受け取り、私はパパへと伝えた。
「なんのことだろう?」
緊急という文字に一抹の不安を感じる。
「なんだろうか。何かトラブルがあったのかもしれないな……いずれにしても一緒に行くよ」
パパは少し神妙な顔をして山口さんへ電話をかけた。
山口さんに会社の車で迎えに来て貰い、朝イチでAMRのビルに着いた。
ミーティングルームで緊張しながら待っていると、園田さんが渋い顔をして入ってきた。本当に苦虫を噛み潰したようなそんな顔をしている。
向かいの席に座ると、私達の前にA4の用紙を1枚ペラっと置いた。
「明日発売の週刊誌の記事。紙面とWebにも掲載するって」
雑誌のページをコピーしたもので、そのキャッチの一文に面を喰らう。
私とパパ、それに山口さんは顔を付き合わせてその記事を真剣に読んだ。
「グループ名は伏せられてはいるけど、ちょっと調べればすぐにわかる内容で」
「なにこれ? え……どういう意味??」
『チャリティーを利用した姑息な売名か?! 新人ボーイズアイドルグループの善行を装った巧妙な宣伝手口』
「新人アイドルグループの偽善とその手法……ぼかされてるけど写真も載ってる」
園田さんが忌々しそうに、机を指先でトントンと叩く。
「これって、この間のチャリティーコンサートのこと??え、なんで? まったく意味がわかんないよ」
どうして、チャリティーコンサートに出演したことが、売名行為? しかも、偽善とか言われてるのおかしいでしょう?!
「ここは砂川会長が、ご贔屓にしている出版社だな」
パパ、そう言ってから深いため息をつく。
「コトリが入院して相当ご立腹みたい。映画の主演が決まっていたらしくて。デビュー前からこんなふうにケチを付けられるとはね」
コトリは事務所を移った事をとても後悔していたらしい。パパが紹介した病院に暫く入院することにしたそうだ。
あの状態で仕事をこなせるわけがない。パパは当たり前のことをしただけ。
「そちらは、これにどう対応を?」
パパが訊ねると園田さんは少し沈黙してから重い口調で話し始めた。
「そうね。……一応掲載中止を言ったけど、無駄でしょう。記事が載ったらそれ相応の抗議と謝罪記事を要求するつもり。法的措置も考える。弁護士対応案件になるかと。そちらは?」
「うちも同じ対応をする」
「じゃあ、足並みを揃えるということでよろしく」
「謎だよ? これだったら他の出演者もみんな売名行為ってなる? 過去に出演していたうちのアーティスト達だって……そんなわけないじゃん。それに偽善て? 純粋に主旨に賛同して応援したいから出たのに、そんな言われ方おかしい」
「その通り、言いがかりもいいとこ。でも、火の無いところを大火事にして焼き払うのが、あいつらのやり方だから」
「プレデビューは予定通りこのままで?」
「もちろん!」
園田さんがコーヒーにミルクを4つ入れてストローでぐるぐるとかき回す。
カラカラと氷の音が騒がしい。
「マジでムカつくわ」
隣でもパパがミルクを4つ入れてぐるぐるしていた。
「しかし、これで終わると思えないな」
「……そうなの、これはあいつにしては手緩い、もっと何かを企んでいるはず」
えっ、そうなの?! 怖いんだけど、それより裏でコソコソ卑怯なんだけど!
「奏」
園田さんに呼び捨てられて、思わず背筋が伸びる。
「はい」
「この記事が出たら、これを広めたサイト、サイトの運営会社、追従した記者、ライター、全部リストアップしておいて」
「う、うん」
「懐柔されている奴等、まとめて葬ってやる」
「懐柔って?」
「砂川会長の信者ってことですよ」
「ああ、そういう人達か」
☆☆☆☆☆
宿舎に帰って、記事のコピーとこの件について皆に報告する。
対応は決まっているし、プレデビューもこのまま予定通りだから安心して欲しいと。
パパがリビングで冷静に説明した。
本当にとても悔しくて、こんな事は言いたくもなかったし、伝えてからのみんなの顔も、この先ずっと忘れられないと思う。
信じられない。
どうして僕たちが、こんなことを言われるんだろうか?
コンサートに出演したことの何が悪かったんだろうか?
シンがトモキの肩を抱き、ヒナタがトモキとショウゴの手を握った。
ショウゴは俯いたまま。
一番気にしなくて良いトモキが一番責任を感じていることだろう。
混乱して、納得いかなくて、でも痛みはじわじわと押し寄せてくる。
そして私も同じくらいショックで、悔しくて、腹立たしくて、皆には見せないようにしたけれど、本当は怒りで荒れ狂って、砂川エンターへ殴り込みに行きたいところだった。
私は雑誌が発売されてから3日間、学校には行かず会社に出社した。
その日から会社の電話は鳴り続け、その殆どが暇な一般人からの嫌がらせで、そのことにも驚く。
どこの会社のどんなグループかはぼやかされているのに、わざわざチャリティーコンサートの主宰者ページへ行ってうちの連絡先を調べて……、だからどうしてそんなに暇なのよ?! 他にやることないわけ?!
そんな頭のおかしなクレーマーの電話を受けつつ、私は園田さんに言われた通りのことをした。
記事を転載したサイトの運営会社へ抗議の連絡を入れメールを送った。
それこそフリーの記者やライターまで。
全部リストに入れていく。
マメ過ぎる抗議行動の成せる技だったのか、それらの記事は次々に削除され徐々に減っていくのを感じた。
この嵐のような3日間の原動力は、全て怒り、それだった。
これについては世間もそう騒がず(そりゃそう)特にダメージを喰らったという実感もない。
まぁ、いったんは解決出来たかと思っていた。
少なくともこの件については解決していた。
けれど、プレデビューの前日、またしても大事件が起こってしまったのだ。
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