ロンリーオンリーボーイ
「シンか……」
パパは、また窓の外に目を向ける。
3階の窓からは小さな中庭が見下ろせた。
青く繁ったイチョウの木々が時々風に吹かれて葉を揺らしている。
「パパが拾ったんでしょう? 聞いたよ」
パパが不思議そうな顔で私を見る。
「会ったのここで。眠っているパパに歌を聞かせてたよ。病室にギター持ち込んで迷惑だって注意した」
「そうか……会ったか」
「まぁ、いい声してたよね」
「お前も、そう思うか?」
パパの表情がぱっと明るくなって、目に輝きが戻る。
「うん」
「そうか、そうだな……確かにシンのことは気がかりではあるな……。しかし、やると言ったか? アイドルを??」
「うん、まぁ……」
「本当に?」
実際、ちゃんと了承を得たわけじゃないけど。
でも、頑張るとは言ってたし……
嫌だとも、やらないとも言ってないし。
「あいつはアイドルってタイプじゃないんだがな。そうか……。」
それはわかる。
アーティスト気質の方が高そうよね。
でも、グループの中においてみたら、隠れた才能が覚醒して意外にソロより輝くんじゃないかな?
なんて予感みたいなものがある。
「だったらもう少し考えてみるか」
「えっ、え? ほんとに?」
「奏、あらためて企画書を見せなさい。出来るだけ具体的に、あとスケジュールも合わせて」
「企画書……」
企画書とは一体どんなものを出せばいいんだろう?
「ああ、そうか。企画書というか、つまり今、お前の頭の中にあるアイディアをまとめて、誰にでもわかるように可視化すればいい」
「可視化ね、やってみる」
パパは足元の方に座っている山口さんへ顔を向けた。
「山口さん、資金計画をもう一度出してくれないかな?」
「わかりました、すぐに」
山口さんは大きく頷きながら言った。
「奏、それでいいんだね? 大変だけどパパが戻るまでやってくれるか?」
「心配しないで、パパは早く仕事に復帰出来るようにリハビリ頑張って」
「山口さん、事務所と奏をよろしくお願いします」
パパは山口さんに頭を下げた。
「大丈夫ですよ、しっかりやらせて頂きますから」
山口さんも頭を下げる。
結局、弱気になって諦めかけたパパの気持ちを変えたのは、シンの存在だったというわけか。
彼に嫉妬してしまう。
私はパパのフレデリックにはなれない。
娘以上でも、それ以下でもない。
最初から期待されてないし、求められてもいない。
だから、私も期待しないし、求めない。
それが一番楽だから。
今までそうやってきた。
だから、これからもそうする。
ただ、それだけのことじゃないか……。
「シンは来ているのか?」
「うん、外で待ってる」
「呼んでくれるか?」
「はい」
「ふたりで話をしたいんだ」
あ、なんか疎外感。
私と山口さんが部屋を出て、代わってシンが病室に入っていった。
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