喧嘩、売られました?
「明らかに条件悪いよね、人の足元見てるよね」
インディーズと呼ばれる類のレコード会社から出てエレベーターに乗る。
そこでやっと大きなため息を漏らせた。
このため息、今日は三回めだ。
つまり三社め。
「インディーズっていっても、立派な事務所じゃん。きっと夢のある若者から搾り取っているのに違いない」
「あそこは、実質大手レコード会社が資本を出していますから、明日はもう少し小さめの所を回ってみましょうか」
「そうだね」
エレベーターを降りると、三階分吹き抜けの大きなエントランスホールに出た。
そこからはエスカレーターで1階まで下りる。
この大きなビルには音楽関係の会社が多く入っているそうだ。
1~3階の吹き抜け部分には、レストランやコンビニ、本屋さんや、雑貨屋さんなんかの商業店舗の他に、銀行、郵便局、歯科や眼科、内科などのクリニックまで揃っている。
外へ出なくてもこのビル内で大概の用事は完結できそうだ。
ちょっとした町みたい。
1階に下りると、白いパラソルのついたテーブルが並び、外国のオープンテラスのような景色が見られる。
お洒落なお姉さんや、業界風な方々がお茶をしながら話していたり、PCを開いて仕事をしていたり。
そんな風景の中に違和感しかない中年男性達三人が自動扉を抜けて入ってきた。
真ん中の男は短髪に色付き眼鏡。
肌が黒くテカっている。
半袖のシャツから突き出た腕はかりんとうみたいに太く短い。
その腕をブンブン振って歩く姿はまるでペンギンだ。
男は手に持った扇子をパッと広げ、物凄い速さで仰ぎ始めた。
「暑いなぁ、エアコン効いてんのかこれ?」
男は後方に、黒縁眼鏡の男と初老の痩せた男を従えていた。
「節電中のようです」
初老の痩せた男が答えた。
「はぁ、なんとかしなきゃなぁ、これなぁ、なぁ?」
「奏さん、あれが例の砂川プロダクションの会長です」
山口さんが私にこっそり耳打ちをした。
「リリアさんの? 会社の?」
「ええ」
「ここまで、想像通りって笑える」
ふと、砂川会長の視線がこちらへ向く。
まさか、聞こえた? だいぶ遠いけど。
砂川会長が目標を定めた蛇のような目をしてこちらへやってくる。
ペタペタとペンギンみたいに歩く割には凄く速い。
そして行き過ぎようとしていた私達の前にドンと立ちはだかった。
「やぁ、山口君じゃないか?! 奇遇なところで会うね」
ニコニコと笑ってはいるけれど、目に輝きはなく気味が悪い。
「砂川会長……どうも」
「おや? 新人の子? まだ、事務所あったんだ? てっきりもう……ねぇ」
と、後ろを振り返り、従えた二人にも笑いを強要する。
「桑山のお嬢さんです」
「はじめまして、桑山奏です」
「あああ、君が噂の!!」
言った後に砂川会長は一人で豪快に笑った。
時代劇の悪代官みたいな高笑いがホールに響き渡る。
やはり、想像していたとうりの絵に描いたような下品で嫌なおっさんだ。
「いやぁ、すまないね。業界で噂になっているから。女子高生がアイドル作って売り出そうとしているって。ゲーム感覚なのかな? 付き合わされる大人の方は気の毒だよなぁ」
「どうしてですか?」
瞼の下の澱んだちっさい眼球から、ねちっこい視線が無作法に向かってくる。
悪意と嘲笑のこもった視線に悪寒が走る。
「この業界ってさ、常に均衡が保たれている天秤なの。まだ、わからないと思うけど。要は資本とパワー。これがないと、どんなに才能があっていい子でも売れないし、逆にどんな子でも売ろうと思えば売れるわけ。だからどちらもない君達には無理。どんなに頑張っても無理だから。後悔して泣く前に、大人の言う事をちゃんと聞いて、ちゃんと学校に行ってお勉強でもしていればいいんだよ」
「お話が長くて要点が良く分かりませんが、要するに金にものを言わせて、消費者に見たくもないものを、無理矢理押し付けて売る、それがこの商売だと、そういう事でしょうか?」
「誰に物を言っているのかわかっていないようだな。それに目上に対する礼儀も知らないのか。桑山は自分の娘に躾も出来ていないんだな、ハハハ」
「失礼なのはそちらでは。私はゲーム感覚で仕事をしてなんかいませんし、この業界がそこまで腐ってるいるとも思ってません」
「ガハハハハハ! これはまた面白い。じゃあ、その威勢のよさと無鉄砲な情熱だけで、どこまでやれるのかお手並み拝見といこうか。せいぜい頑張りなさい。お嬢ちゃん」
砂川会長はわざとらしく私に頭を下げるとさっさと横を通りすぎていった。
お嬢ちゃんだって?
このクソペンギンオヤジ。
「あ、そうだ。ひとつアドバイスをするなら、制服を着てスカートの丈を膝上20センチくらいにすれば、貰えるかもしれないね、お仕事」
ん? ちょっと何言ってるのかわからない、このセクハラおっさん。
「ちょっと待って!!」
私はお腹の底から叫んだ。
立ち去ろうとしていたペンギンオヤジが短い首をぐるんと回し振り向いた。
「確かに……」
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