キャスティングって楽しい?! / ファザコンこじらせてます
だってさ、だってよ?
さっきの歌、めちゃめちゃ甘ったるい恋愛ソングだったじゃん?
それにうちのパパ、イケオジでカッコいいから男女どちらも魅了しちゃう可能性あるよ。
レッスン生として、ひとりだけ残ってたのもそういうことなら、納得がいく。
シンは腰に手を当て明後日の方を見ている。
そしておもむろに私に向き直った。
「本当に知りたいんですか?」
シンが私に一歩近付いた。
「あ、いやそう言われると、うん……どうだろう?」
私のパーソナルスペースに特上イケメンが足を踏み入れた、ぞ?!
ちょっと、待って。
ガタン。
思わず立ち上がった拍子に椅子を倒してしまう。
慌てて下がったら足が倒れた椅子に挟まり後ろによろめいた。
「わっ」
「危なっ」
私の左手首をシンが掴み、そのまま引っぱられたから、なんとか転倒は免れる。
けど、大げさに避けすぎたのが、今度は本当に気まずい。
「……どうも。私のパーソナルスペースは広いので、覚えておいてください」
と、たぶん彼には良く分からないだろう事をのたまってしまい、もう気まずさマックスだ、死ぬ。
「わかりました、覚えておきます。不意に侵入してしまいすみません」
シンが真顔でペコリと頭を下げた。
「いいえ、今度から気をつけていただければ……」
と、私は助けてもらった分際で偉そうに胸を張って答えていたり。
「ええと、話の続きですけど」
シンは転がった椅子をもとに戻してから、姿勢良く直立した。
「率直に言えば、僕は自分が大好きなナルシストなんで、他人に恋愛感情を抱くとかないです」
「は?」
え、ナルシストをカミングアウト?!
おまけに非恋愛主義者だって。
「あと、社長は公私混同をするような人ではないです」
「そう……そうだよね」
「それにしても、だいぶこじらせてますね」
「?」
「ファザコン」
「!!」
え、私がファザーコンプレックスをこじらせたイカれ女だって?!自称ナルシストに言われたんだけど!!
(注.イカれ女とまでは言われてない)
☆☆☆☆☆
「あっ、アイドルグループ?!……ですか??」
青山にある事務所の応接室で、私の前に座るシンの口があんぐり開いている。
シンと会ってから2日、ファザコン(こじらせ女)呼ばわりされてから2日だ。
「うん」
「あの、それは歌だけじゃなくて」
「そうだね。歌ったり踊ったり、愛嬌ふりまいたりもするやつ」
「ああ……はい、なるほどー」
シン、なんか遠い目をしている。
「5人」
「何の人数?」
叔母さんが不思議そうに私の顔を見る。
「グループの人数。本当は7人が理想だけど、山口さんと試算してみたら予算的に無理みたいで、5人ならなんとか出来そうかもって」
山口さんが頷く。
「頭数が多いほうがより多くのファンを獲得できますから」
「シンが今、ええと20歳だから、他のメンバーはそれ以下の年齢にする」
私はweb上の事務所サイトから、シンの非公開プロフィールを見ながら言った。
出身/北海道
生年月日/0000年5月10日
身長/178cm
体重/58kg
趣味/スノーボード、バスケットボール、作詞作曲
北海道出身だから、色白なのか……
「ねぇ、今からそんな新規事業始めていいの? それにメンバー集めるって、みんなやめちゃったんでしょう?」
叔母さんが心配そうに山口さんの顔を見る。
「はい、うちにはお金がありません。それに売るものもないんです。今は玲子さんの版権と社長が過去に作曲した曲の管理料と印税、そんなもので細々と……そこで思いきって、アイドルグループをつくったらどうだろうかと、奏さんが提案してくれたんです」
叔母さん、今度は私を不安そうに見る。
「ボーイズアイドルにしたのは今、某大手事務所の力が弱まっていて新規参入するならチャンスだというのと、ガールズアイドルよりも長期かつ、安定的に展開が出来ること、利益があがりやすいことなんかが理由。新規事業にかかるお金は、新たに投資家を探すのと、自宅を担保に融資を受けることにする。それでなんとか5億集めたいです」
「5億!?」
叔母さんがのけぞる。
シンは目を丸くしている。
まるでびっくりしている猫だ。
「プロモーションにお金をかけたいからさ、5億でも足りないくらいと思う。あとは工夫と知恵でなんとか補うしかない。これはいわばフレデリックプロダクションの、崖っぷち一大プロジェクト!」
「投資家への営業は私が」
山口さんが任せろと言わんばかりに胸をはった。
「じゃあ、私はお留守番かしら。電話や事務は任せてね、昔とったぁ、杵柄よ。……えっ、知らない? むかしとったきねとつか? きねとつかがわからない? やだぁージェネレーションギャップぅー」
叔母さん、言ってること全然面白くないけど、こういう明るい笑い声が応接室に響くのは悪くない。
昔から叔母さんはポジティブで切り替えの早い人だった。その明るさにいつも励まされてきた。
「メンバーキャスティングは私とシンでやるから大丈夫です」
シンが「?」という顔で私を見てくる。
そりゃそうだ、アイドルグループを作る話も、シンがそのメンバー1号だってことも、今初めて聞いてるんだから。
「オーディションでもするの? ほらぁ、最近そういうの流行ってるじゃなーい? 好きなのよねぇ、ああいうの。せい、しゅん、て感じで」
叔母さん、韓国系オーディション番組に沼ってたクチだな。
「叔母さんこの界隈にいて知ってるでしょ? 大概のオーディションは、話題作りのためのデキレースだって」
「やぁねぇ、夢を壊さないでよぉ」
「オーディションをやってる時間もお金もない、やったとしても実際期待するような人材は来ないと思うから、これと足で頑張る」
私はスマホを手にとる。
「あっ、そうだ。奏さんの名刺です」
机の上にプラスティックのケースが置かれた。
「名刺……」
蓋をあけるとまっさらな名刺の束。
株式会社フレデリックプロダクション
代表取締役社長代理
桑山 奏
まっさらなカードに刻まれた自分の名前と、その肩書きを見て少し怯む。
もう、あとには引き返せない。
そういう怖さだった。
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