ぶつかる想い
「なっ!?」
ジラークは魔女に正体を知られているとは思わず、そのまま固まってしまった。
「どうしてその名を知っている」
主の様子を見ていたカマベルの表情は、先ほどより一段と険しくなっていた。
「私を見くびらないでいただけます?」
「貴様には……全てお見通しってことか」
「えぇ、そうですわね。このまま大人しくセラフィを渡して下されば、あなた方に危害は与えないと約束いたしますわ」
「断る!」
対峙するジラークは力強く答えた。
セラフィ自信、ジラークが王太子であることに驚きを隠せないでいたが、彼の背中からは彼女を守りたい、そんな強い思いを感じていた。
「あまり私を怒らせない方が良いですわよ」
「何度言われても同じこと!貴様にセラフィは渡さない!」
すると、これまで穏やかな表情をしていた魔女に変化が……。
カラスたちも何かを察したのか、一斉にその場から飛び去った。
これまで穏やかだった風が一気に吹き荒れ、その場に立っているのもやっとのことだった。3人は吹き飛ばされまいと足を踏ん張り耐えていた。
「私の魔力はまだまだ衰えていない!セラフィ!2人を助けたければこっちに来るんだ!」
(自分自身が魔女の元へ戻ることで、2人が助かるのであれば……)
セラフィは、風に吹き飛ばされそうなジラークとカマベルを見て助けたいと思っていた。その想いを感じ取ったジラークがセラフィの方を振り返り言った。
「セラフィ、私たちなら大丈夫だ!だから、魔女の元には行くな!」
「(でも……)」
「行かないでくれ!!」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだい!セラフィ!」
セラフィはどうするべきか悩んでいた。すると、どこからともなく懐かしい声が聞こえてきた。
「セラフィ……私の愛しい娘」
(この声は……お母様!)
「貴女自身がどうしたいか、考えなさい。そうすれば貴女が身に着けているモノが応えてくれるわ」
(身に、着けているモノ?)
セラフィがふとネックレスを取り出してみると、僅かではあるがその石から光を放っていることに気付いたのだ。
(私の想いをこの石に込めれば……)
セラフィは胸元でぎゅっと石を握り締め、想いを込めた。
(ジラーク様とカマベル様の力になりたい!守られるだけじゃなく、私も守りたい!)
その想いに応えるかのように手の中で輝きが増し始めた。次第にその光はセラフィを包み込み、ジラーク、カマベルをも包み込んだ。3人は光のベールに守られ、魔女が起こした風をも凌いでいた。
「温かい……」
「力がみなぎる……!!」
ジラークは、腰に着けていた短剣が光に反応していることに気付いた。手を伸ばし短剣を鞘から抜くと、光が剣と合体するかのように輝きを増したのだった。
「……あの光!まさか!」
魔女の表情は強張り、3人を引き離そうと手を振りかざすも光に跳ね除けられた。
「くっ……この私の力を跳ね除けるとは……」
ジラークが剣をまっすぐ構えると、短かった剣が長剣へと変化し、その剣にはピンクと黄色2色の光が合わさったような光を纏っていた。
「セラフィの想いが剣に届いてるみたいだ」
「まるで……伝説の聖剣のようです」
「私も父上から聞いたことはあったが……この目で見たのは初めてだ」
剣をまじまじと見ていたジラークとカマベルの隙をつくかのように、魔女が狙いを定めているのをセラフィが気付いた。
(このままでは2人が……)
「危ない!」
その声にすぐさま反応したジラークとカマベルは、間一髪の所で魔女の攻撃をかわした。
「……もしかして今のって……セラフィ?」
「は……い」
喉元を押さえ、自身の声が出ていることに驚きを隠せないセラフィだったが、魔女は攻撃の手を止めなかった。
「今はこっちに集中しよう!カマベル、援護を頼む!」
「はっ」
「セラフィ、少しの間だけ離れるが……大丈夫か?」
「私……なら……大、丈夫、です」
「無理して話さなくても良い、また後でな」
ジラークは微笑みながらセラフィの頭にそっと触れた。セラフィもジラークに答えるかのように笑みを返した。
魔女に向き直ったジラークは、カマベルと息を合わせながら魔女の攻撃をかわしつつ、彼らも攻撃を与えた。だが、魔女の魔力を跳ね除けるだけで精一杯の2人は、次第に表情が苦しそうになっていた。
「くはははははは、それが精一杯か?聖剣も大したことないな!」
「くそ……このままでは……」
「ジラーク様!」
「……なんだ」
「私が魔女の気を引きます、隙をみて一撃を与えてください!」
「な……だが、それではお前も巻き込んでしまう!」
「構いません!」
「そんなこと出来るわけない!」
「ジラーク様!私は、覚悟できています」
カマベルは主であるジラークを真っ直ぐ見つめていた。その表情からは迷いを感じさせない、主を信じていると言わんばかりの強い想いが感じ取れた。
「貴方様にお仕えできて良かったです」
「カマベル……」
ジラークは唇を噛みしめ、彼を犠牲にせずとも魔女を倒す術はないか考えていた。
「ジラーク様!いきますよ!」
「くそっ……古の魔女め!ここでカマベルと私でお前を倒す!」
「ははーん、そう簡単には倒されなくってよ」
そういう魔女の表情は余裕さえ見えた。
「私も、います!」
そう声を張り上げたのはセラフィだった。
「お前みたいな小娘に何ができる!」
「私、だって、力になれ、ます!」
「笑わせてくれる!こうなったら、全員まとめてあの世に送ってやるわ!」
魔女は、持ち得る全ての力を振り絞るように両手を天へと掲げた。空は厚い雲に覆われ、所々で雷の音がし始めた。古の魔女ならではの、圧倒的な強さを示したのだ。
そんな魔女を前にしても、3人は屈せずに対峙していた。
「ここまで来たからには、後戻りなんてしない」
「私も屈しません!」
セラフィは、ジラークとカマベルの間で母の形見を握りながら呟いた。
「お母様、力を貸して下さい!」
そして、いつも母の命日に捧げていた歌を歌い始めた。
「小賢しい娘め!その歌を止めろ!」
魔女がセラフィ目掛け手を振りかざそうとした瞬間、カマベルが攻撃を受け止めた。彼の腕には大きな切り傷ができ、その傷からは血液が流れていた。
すぐさま手当てをしようと、セラフィが近づこうとしたのをカマベルは制した。
「セラフィ様、私の心配は無用です!どうか続けてください。貴女の歌……魔女に……効くみたいです」
じわりと痛みも伴うのか、カマベルの表情は険しくなっていた。そんな彼を放っておけない、と思いながらも目の前の敵を倒すのに集中しようとセラフィは自身に言い聞かせ、歌を歌い始めた。それも、先ほどまでとは違い大きな声で……。
「くっ……この歌……耳障り……だ」
セラフィは必死に歌った。
母への想い、教会で知り合ったジラークカマベルを想い、彼女が産まれ育った街を想いながら歌を捧げた。
その歌の影響なのか、ジラークが持っていた剣の光は更に
ベールを纏い始めた。
「これなら行ける!」
ジラークは聖剣の真の力を感じ、確信した。
「古の魔女っ!覚悟っー!!」
ジラークは魔女を目掛けて駆け出した。近くまで来たところで地を蹴り、剣を振りかざした。
魔女の額から真っ直ぐ下に剣の傷ができた……はずだった。致命傷を与えたはずであるが、魔女はけろりとして立っている。渾身の一撃で剣の力も尽き、みるみるうちに剣は短剣へと戻って行った。
「こんな剣如き、痛くも痒くもないわ……」
ここまでか、と諦め掛けたその時。
セラフィが持っていた石が粉々に砕けたのと同時に、魔女の身体は老婆へと変わり始めた。
「バカな!……この私が負けるはずはない!やめてくれー。いつまでも若いままがい……ぃ」
言い終わるまでに魔女の姿は跡形もなく消え去った。
厚い雲で覆われていた空は、だんだんと青空が見えるまでに戻った。
「終わった……古の魔女を、倒したぞ!カマベル!」
返事がなく、心配になり振り返るとセラフィに手当てを受けるカマベルの姿があった。傷を負った腕にセラフィが手をかざすと、優しい光が腕の傷を癒していた。
「癒しの力……なんと美しい……」
「すごく温かかったです。セラフィ様、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
互いを見つめながら笑みを浮かべ、どこか甘い雰囲気が漂う2人にジラークは近づき、セラフィの腰を自らの方へと引き寄せた。
「ジラーク様!」
「なんだ?」
「なんだ、じゃありません……」
「カマベルには渡さない!セラフィは私と結婚するんだから!」
「えっ?!そんな事、聞いておりません」
「今言ったからな!」
「ジラーク様には、私よりも素敵な女性がお似合いかと思います。私なんて何の取り柄もないですし、一国の王太子殿下に嫁ぐなんできません」
「セラフィ、知らないようだから教えてやる。我が国では自由に結婚ができるんだ。想い合っていれば誰でも結婚できる、故に私も自由に選べるんだ!」
「ですが……」
「セラフィ、愛しているんだ。初めて会った時から君だけを想っていた。君以外なんて考えられない!……セラフィは同じ気持ちではないのか?」
「私も……ジラーク様をお慕いしております。貴方様の無事を石に願っておりました。もう……無くなってしまいましたが……」
「セラフィ、今度は私が君に贈るよ。君の母君が贈ったように誕生石をアクセサリーとして、ね」
ジラークの熱烈なアプローチを受け、セラフィは頷くしかできなかったが、これまでになく幸せを感じていた。
古の魔女討伐されて月日が経ち、ファンシールでは穏やかな日常が流れていた。
セラフィの父は、魔女の正体に気づいたがために、魔力によって一時的に眠らされていた。自宅へと戻ったセラフィの癒しの力で、無事に回復することができた。
涙ながらに謝る父を見て、セラフィも嬉しさの余り涙を流していた。そんな様子を見ていたジラークが、セラフィをお嫁に下さい、と唐突に言い出した時には、カマベルは気が気ではなかったようだ。
マリアは、自身が孤児であったことを、教会へ足を運んだときに薄々感じていたようだ。これまでセラフィに対してしてきた事を反省するとともに、自身を見つめ直すべく旅に出た。行き先は誰にも伝えていなかったが、定期的に文は届いていたため、どこかでまた会えるのではないか、とセラフィは思っていた。
魔女がセラフィの嫁ぎ先として連れてきた男は、盗賊として指名手配されていた男だった。マリアの協力もあり、すぐさま取り押さえられたのだった。
古の魔女の一件が落ち着き、教会へと戻ったセラフィを子どもたちは涙ながらに出迎えた。声も元通りになったこともあり、セラフィは毎日子どもたち一緒に歌い、本の読み聞かせをして過ごしていた。
「なぁ君たち、セラフィは私のお嫁さんなんだ。あまりべたべた引っ付かないでくれるかな」
「セラフィはまだ渡さないよ!」
「そうだそうだ!」
「困ったなぁ、明日にはファンシールを発ちたいのだが……」
「ジラーク様だけでどうぞ」
「私、だけだと!?」
「そうそう。セラフィとカマベル様はここにいるの!」
「いやいやいや……」
困り果てたジラークを見てクスクスと笑うセラフィは、子どもたちへと向き直り話した。
「みんな、私の旦那様を困らせないでね」
「だ、だ、旦那様……」
「ジラーク様、お顔が真っ赤だぁ」
「ほんとだー」
「きゃははははは」
ジラークとセラフィは、互いの想いを分かち合いながら末永く幸せに暮らしました。
虎娘『聖なる歌に想いを込めて ぶつかる想い』
いかがでしたでしょうか。
この物語はこれにて完結です。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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今後とも虎娘の作品をよろしくお願いいたします。